あおもり昆虫記
ゴマダラチョウ

 小学校4年の時、わたしは父からH社の蝶図鑑を買ってもらった。この図鑑は高価で、とても10歳の子供が持つような本ではなかったが、父は買ってくれた。

 当時、日本にいるすべてのチョウを掲載した図鑑はこれしか無かった。

 その後、新種が見つかったこと、沖縄が日本に返還されたこと、分類の研究が進んだこと−などからチョウの分布・分類の内容もだいぶ変わり、チョウの新しい図鑑が続々と出版されたが、小学校4年以来40年以上たった今でも、わたしはあの図鑑を使い続けている。

 新しい図鑑は、純粋学問的な記述に終始し、あまりおもしろいものではないが、わたしが買ってもらった図鑑は、どことなく情緒的な表現が散りばめられており、感覚的にそのチョウのことが分かりわたしは好きだった。

 宝物の図鑑をわたしは毎日読んだ。勉強をそっちのけで図鑑や虫に熱中するわたしを見て、両親はさぞかし気をもんだことと思う。が、わたしは着実に虫の知識を身につけ、図鑑に載っているチョウや記述をすっかり暗記してしまった。

 図鑑で知ったチョウとはその後、野山で対面し、知識を裏付けていったが、なかなか巡り合う機会に恵まれないチョウもあった。ゴマダラチョウもその一つだった。

 弘前市に住んでいる高校時代の同級生Nから「引前公園のエゾエノキにゴマダラチョウがいるよ」と何回か聞かされたことがある。が、彼の次の言葉がわたしの気持ちを萎えさせた。

 「ゴマダラチョウは、ずーっと高いところを飛んでいるんだよなあ。下に降りてこないんだなあ」

 これじゃ写真撮影は無理だ、とわたしはすっかりあきらめていた。

 1987年の8月、小学生のころよく昆虫採集に出掛けた十和田市の雑木林に足を運んだ。と、見たことが無いチョウが目の前をよぎった。黒地に白のだんだら模様。瞬時に頭の中で図鑑のページがめくられ、ある部分で止まった。ゴマダラチョウ。

 図鑑で知ってから約30年ぶりの本物との巡り合い。長かった。しかし、長い空白が無かったかのようにチョウが静かに目の前に止まっている。

 じっくり見ていたら、感傷が吹き飛んだ。いっペんに現実の世界に引き戻された。ゴマダラチョウの目と口が鮮やかな黄色だったからだ。その鮮やかさったらない。黒と白の無彩色の羽のチョウに鮮やかな黄色。そのコントラストの激しさは、ちょっとした衝撃だった。

 なぜ、この現実を知らなかったのだろう。気持ちが落ち着いてから考えてみたら、分かった。図鑑の写真は標本のチョウ。死んだチョウの目は、黄色の輝きを失い褐色に変わっていたから気付かなかったのである。

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