あおもり昆虫記
キベリタテハ

 チョウの模様といえば、だいたいが、線か点、あるいは目玉模様と決まっているが、このキベリタテハは、これら“通り相場”にはないユニークな装いをしている。

 紫褐色の地に黄色の外縁。そして内側には鮮やかな青色の点列…。シンプルなデザインだが、なかなかシックだ。高貴な色合い。文句なく美しい。北海道から中部地方にかけて分布、あまり数が多くないうえ美しいため、人気が高いチョウだ。

 わたしが、このチョウを初めて見たのは大学時代、宮城蔵王で。独特の美しいデザインのチョウが雄大に飛ぶ姿を見た時、素直に心躍ったものだった。次に見たのは会社勤めしてから、八甲田・田茂萢岳山頂付近で。山に生育しているダケカンバの葉を食べるこのチョウは山地性のチョウなのだ。そして王者の風格がある。

 こどものころから、一種の憧れにも似た気持ちをこのチョウに抱いていたのだが、最近はその気持ちがだいぶ薄れてきた。というのは、やたら目にするようになったからだ。いや、このチョウが多くいる所を、わたしがよく歩くようになったから、といった方が適切かもしれない。

 5月ころ、青森市野内川上流の枝沢沿いの林道を歩くと、冬眠から目が覚めたこのチョウがいくらでも(本当にそのように思える)舞い、岩の上などに羽を広げ、日なたぼっこを楽しんでいる。8月下旬、八甲田の酸ケ湯温泉に行くと、羽化したての新鮮なチョウが多数、温泉宿の辺りを飛び交っている。宿の玄関付近のアスファルトの上に、べたーっと羽を広げて止まっている姿を見ると、興ざめもしたくなる。

 昔、美しさに心躍らせたものが、数多く見るとときめかなくなるとは、なんという勝手な心理。しかし世の中、だいたいがそんなものかもしれない。

 酸ケ渇で新鮮個体の写真を撮り、そのスライドをルーペで見ていたら、黄色の部分に“傷”が多数あるのを見つけた。「おかしいなあ。傷があるはずがないのに」といぶかりながら、再度じっくり見て驚いた。傷と思ったのはなんと模様だったのだ。鮮やかな黄色を邪魔する傷模様が無くてもいいのに、と思うのは人間の浅はかな考えなのだろうか。

 その自慢の“キベリ”だが、越冬すれば、黄色が抜けて“シロヘリ”になる。いささか興ざめだが、人も老けると白髪になるのと同じと考えれば納得する。

 1995年4月下旬の晴れた日。わたしは山仲間と2人で南八甲田の櫛ケ峰に向かう途中、睡蓮沼と駒ケ峯の間の雪原の上で休んでいた。するとキベリタテハが飛んできた。残雪の上をキベリタテハが飛ぶというのは、なかなか絵になる。と、チョウは、なんとわれわれの目の前の雪の上に止まった。これも実に絵になる。しかし、キベリタテハはすぐ飛び立った。われわれのそばを飛び去るとき、羽の音がばさばさとした。森閑とした中で、キベリタテハの羽ばたきの音が随分大きく聞こえた。

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