あおもり昆虫記
キタテハ

 「このチョウの名は何というのですか」。ある年の3月下旬、後輩記者が1枚のカラー写真を持って、わたしのところへ聞きにきた。

 「キタテハだよ」とわたし。

 いかにも新聞記者らしい質問が次にきた。

 「珍しいんですか」。珍しいものは、記事になる重要な要素の一つだ。聞くのは当然。しかし、わたしの答えは「いや」。彼も粘る。「この時期に飛んでいるのは珍しいでしょう」。街角には、まだ雪がたっぷり残っている。記事を書きたい気持ちが伝わってくる。だが、わたしは再び「いや」。

 キタテハの生態を詳しく説明してあげたら、ようやく彼が言った。「それじゃ、記事にならないじゃないですか」。わたしも「うん」

 いかに暖冬とはいえ、3月にチョウを見て記者はびっくりしたらしい。その気持ちはよく分かる。しかし、キタテハなどタテハチョウの一部は、木の割れ目や建物のすき間などに入って成虫のまま越冬し、春真っ先に目覚める。そして厳冬期でも、日差しが強い日には春と勘違いし、飛び出す。子供のとき、よく晴れた雪原の上をキタテハが舞っているのを見て、素直に感動したことを鮮明に覚えている。が、それとても珍しいことではないのだ。

 春に目覚めた成虫は、間もなく産卵。幼虫は初夏にチョウになる。さらにその子は秋にチョウになる。つまり、キタテハは1年に2回チョウになる。前者は夏型、後者は秋型。越冬するのは秋型だ。

 夏型と秋型とでは形と色が少し違う。夏型は薄茶色で、少し大きい。一方秋型は小さめで、前羽の先の鍵状が目立つ。色は赤茶で、日を追うごとに赤ずんだ色になる。キタテハの羽の色の濃さが増すとともに、秋は深まっていく−。

 ごく普通種。でも、夏型が夏の訪れを、秋型が秋の深まりを、さらに秋型は命もえる春も告げてくれる。季節感がはっきりしているチョウといえそうだ。

 わたしが中学生のころ、家の近くの空き地にカナムガラがたくさん生育していた。このカナムグラがキタテハの食草だ。あるとき、何かの本に「キタテハの幼虫はカナムグラの葉を糸で紡ぎ合わせて“巣”をつくり、その中で生活している」と書かれているのを見た。近所の空き地を見たら、なるほどそれらしき丸まった葉があり、中を見たらちゃんと幼虫が入っていた。わたしはそれをいくつか家に持ち帰り、シャーレで飼育した。幼虫は簡単に蛹になり、やがてチョウになった。

 チョウに羽化するときに排泄したおしっこが真っ赤だったのが、妙に印象に残っている。わたしは以来、キタテハを見るたびに、この“血尿”を思い出す。

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