あおもり昆虫記
ゴマシジミ

 昆虫の生態には、とても人の想像の及ばないことが多く、いつも驚かされる。中でもゴマシジミは変わっている。ありきたりの言葉だが、わたしは、この慣用句を使う誘惑に、とても抗しきれない。だから言う。

 「事実は小説より奇なり」と。

 普通、チョウの幼虫は、特定の種類の植物の葉っぱを食べて育つ。ところがこのゴマシジミの幼虫は、アリの幼虫を食べて育つのである。そのメカニズムは、あきれるほど念が入っている。

 ゴマシジミの親は、湿原に生育するナガボノシロワレモコウの花のつぼみに卵を産む。ふ化した幼虫は、ある時期まで花を食べて育つが、その後、茎を伝わり、地面におりる。なぜか。アリに巣へ連れていってもらうためだ。湿った地面を好むクシケアリと出合ったゴマシジミの幼虫は、お尻から甘露を出す。アリは、たちまち甘露のとりこになり、そのうち幼虫をくわえ、自分の巣に運ぶ。

 アリの巣で、ゴマシジミの幼虫は、事もあろうに家主の子供−つまり、アリの幼虫を盗み食いし大きくなっていく。そうとは知らぬアリは、ゴマシジミの幼虫に甘露をねだり、おいしさに自分だけ満足する。ゴマシジミの幼虫は、さらにアリの幼虫を食べ、アリの巣で蛹になり、羽化すると地表に出て飛び立つ−。

 アリは、ゴマシジミの幼虫を“家畜”よろしく飼育し、自分だけおいしい思いをしているが、その裏に隠されている惨劇を知らないのだ。ゴマシジミの幼虫は、家畜を装う侵略者なのだ。イソップ物語「アリとキリギリス」でアリは、思慮深い勤勉者に描かれているが、ゴマシジミの幼虫の甘露に目がくらむアリは、単なる快楽主義者といわれてもしかたない。考えてみれば、ゴマシジミの幼虫は、餌を与えられないのに甘露を出すわけがないのだ。甘い誘惑が恐ろしいのは、チョウの世も人の世も同じだ。

 この驚くべきチョウの生態を、わが国で最初に明らかにしたのは、青森市の昆虫研究家の石村清さん(1910年−1956年)だ。観察しにくい地中での生態を解明した労苦は容易に想像できる。

 このゴマシジミ、岩木山ろくに多くいる。1988年夏、岩木山ろくの湿地に行ったら、ナガボノシロワレモコウの花の先端に雄(写真の右)と雌(同左)がとまっていた。と、雄はお尻をグイッと伸ばし交尾を試みた。すると雌は、ぱっと羽を広げ、自分のお尻を宙にはね上げた。要するに雌は交尾を拒否したのだ。既に交尾している雌は、種保存のため雄に無駄な交尾をさせまい、としているのだろう。とにかく自然には驚かされることが多い。

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