あおもり昆虫記
フジミドリシジミ

 1982年のことである。平賀町の友人YKさんから電話がかかってきた。

 「ペニシジミ、コミスジ、フジミドリシジミの写真を貸してくれないか?」

 青森県のアマチュア昆虫研究家の師ともいうべき下山健作さんの本「つがるの蝶」を出版するにあたって、ほうぼうから写真を集めているが、この3種の写真を持っている人がいない、というのだ。

 ペニシジミ、コミスジは超普通種。一般に、マニアと名のつく人たちは、普通に見かけるものに対しては歯牙にもかけず、珍しいものばかり追い求める傾向がある。チョウの世界も例外ではない。だから愛好家たちが、この2種の写真を持っていないのもうなずけた。一方、わたしはといえば、珍種を求めて歩き回らず、目の前に現われた昆虫の写真を撮るタイプ。だから、普通種の2種の写真は当然撮っていた。

 が、どちらかといえば珍しい部類に入るフジミドリシジミの写真を愛好家たちが持っていなかったのは合点がいかなかった。これは、ちょとしたミステリーというか“事件”だった。

 このチョウの幼虫はブナを食樹とするが、その昔は何を食べるのか謎とされ、それゆえ長い間、珍チョウ扱いされてきた。虫によっては、食草・食樹が分からなければなかなか探せないものがある。フジミドリシジミもそのひとつだった。

 その謎に下山さんは挑み1950年、平賀町大木平で日本で最初にこのチョウの卵を発見した。下山さんにとっては思い出深いチョウの一つなのである。

 普通種の撮影が得意?なわたしが、たまたまこのチョウの写真を持っていた。1979年、十和田湖で下草にとまっているのを見つけ、なにげなくシャッターを切ったものだ。

 というわけで、この写真が「つがるの蝶」の1ページを飾り、その後2年ぐらいは、この写真が本県唯一のフジミドリシジミの生態写真と言われた。だが愛好家たちは沽券にかかわる、と猛烈な執念を燃やしその後、このチョウのいい写真を次々に撮影した。なんのことはない、八甲田のブナ林に行けば、いくらでも飛んでいるのだった。珍チョウなんて拍子抜け。今ではほとんど普通種に“格下げ”されている。

 1984年夏。「つがるの蝶」を編集したYKさんと一緒にブナ林をぬい、青森、秋田県境の白神山地・二ツ森に登った。山頂で金緑色に光るチョウが飛んでいた。フジミドリシジミだった。2人同時に“写真事件”のことを思い出した。そして、顔を見合わせ、何も言わず、ニヤッと笑った。

 (付記)下山さんは昆虫全般に渡ってレベルの高い研究を続け、青森県の昆虫研究をリードした。そのうち、チョウに関する業績だけを集大成した「つがるの蝶」は1982年に刊行された。この本は、虫のほかに別の顔を持っていた。本の帯には「ワードプロセッサーが出版の流れを変えた! 青森県初のワープロ出版“つがるの蝶”」と誇らしげに印刷されていた。本刊行から7年後の1989年に下山さんは亡くなった。80歳だった。

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