あおもり昆虫記
ヤマキマダラヒカゲ

 当たり前のこと、とだれもが疑問をはさまなかったことが、実は当たり前のことではなかった、ということが、ままある。社会のそのようなことを拾い上げるのが、新聞記者の務め、と思う。しかし、言うのは簡単でも、いざ、となると、これがなかなかやっかいなのだ。既成事実をすんなり受け入れてしまう。それに疑問をはさむには、高度なセンスと経験が必要となるが、なかなかできない。

 チョウの世界でも同じだ。写真のチョウは長い間、キマダラヒカゲ(黄斑日陰)といわれてきた。アマチュアも専門家、学者も、それを信じて疑わなかった。山にいるものと平地にいるものとでは、羽の模様が微妙に違うが、学者はキマダラヒカゲの単なる山地型と平地型−と片付けてきた。

 ところがところが、だ。実は、この山地型と平地型は、別種だったのである。そして1970年に発刊された図鑑からキマダラヒカゲの名は消え、それまで山地型とされてきたものはヤマキマダラヒカゲ、平地型はサトキマダラヒカゲ、と別々に名付けられた。

 この、戦後のチョウ研究史の中で最も特筆すべき大発見をしたのが、静岡市の高校の生物の先生の高橋真弓さん。「日本産キマダラヒカゲ属Neopeに属する二つの種について」という高橋さんの論文が、日本鱗翅学会の機関誌に発表され、全国に衝撃を与えた。だれでも信じきっていたものを、多数の飼育実験と観察例に基づいて覆し、推論を立証したのである。

 この発見の報に、チョウに興味を持っている全国の人たちは、エッ?エッ!エッ?と驚いた。新種探しのため、特殊な虫ばかり追い駆ける虫屋が多い中にあって、高橋さんは、ごく普通種のキマダラヒカゲの常識の裏にある真実を見破った。そして、それが新種として記載された。だれもが見過ごしてきた「当たり前」に挑戦したところに高橋さんのセンスが光る。

 昔、“マグソチョウ”といわれたように、かつては馬糞によく集まった。花にはあまり訪れない。人の汗にも寄ってくる。わたしも、山に行って汗をかくと、よくヤマキマダラヒカゲにつきまとわれた経験がある。

 それにしても、といつも思うことがある。キマダラヒカゲの飛び方って、どうしてあんなにエレガントでないのだろう。どうして、パタパタと気ぜわしく下品に飛ぶのだろう、と。まあ、チョウにしてみれば、余計なお世話で、どうでもいいことなのだろうけれど…。

 2002年6月、白神山地の奥赤石川林道を歩いていたとき、目の前をヤマキマダラヒカゲが相変わらず落ちつきのない飛び方で横切った。ふとチョウを見上げたとき、チョウは予想外の行動をした。飛びながらおしっこをしたのだ。セミがおしっこをしながら飛ぶのはよく見るが、チョウがそうするとは知らなかった。危機を感じ、身軽にするためおしっこをしたのだろうか。だとすると、まるで燃料タンクを落とす戦闘機のようなものだ。チョウのおしっこは、中空に浮いた小さな小さな玉のように見えた。高速度撮影のように止まって見えた。なぜかは分からないが、わたしにはそう見えた。

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