あおもり昆虫記
タカダツヤスジクロヒメハマキ

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農作業小屋を改造した「灯火採集小屋」。外壁を白く塗り、強い照明で虫たちをおびき寄せる=2005年5月下旬
◎タカダツヤスジクロヒメハマキ日本初記録種
◎クロホシカラマツミキモグリガ日本初記録種

 蛾を採集するとき、もっとも有効な手段は「灯火採集」だ。蛾が、光に集まるという習性を利用し、光に蛾をおびき寄せ、居ながらにして採集しよう、という実に効率的な採集方法だ。夜行性の蛾でも光に来なかったり、あるいは昼行性の蛾もあるなど、もちろん例外はあるものの、圧倒的に多くの蛾は光に集まる。

 楽ちん採集のようにおもえる灯火採集でも、難点がある。それは、ず〜っと屋外にいると、春や秋は寒くて寒くて震え上がること。このため、厚着をして寒さを防ぐわけだが、底冷えにはかなわず、早々に退散することになる。

 この問題を一気に解決する、“夢の採集基地”が2005年春、オープンした。などと書けば、いささか大げさではあるが、灯火採集のための小屋ができた、ということだ。小屋の所有者は、虫仲間のMさん。蛾歴何十年の佐藤博さんの長年の友人でもある。この小屋はかなり前にできた農作業小屋。クルミ林の中にあり、M家の畑作業の際の休憩場所に使われてきた、という。雑木林、杉林、田んぼ、水路が近くにある、という環境で、ひとことで言えば、里山的環境にある。

 さて、灯火採集基地。長年、野外での灯火採集をしてきたMさんは考えた。「楽々、灯火採集をやる方法はないものか」と。こうして考えついたのが、Mさんの実家が建てたものの、利用がほとんどされなくなり、放置同然となっていた、この小屋だった。「この小屋で灯火採集をるすことにしよう」。思い立ったMさんは、てきぱきと事を進めた。まず、半分腐っていた部屋の畳を撤去、板の間にした。小屋の内壁の耐火ボードには、白っぽいペンキを塗った。冷蔵庫と石油ストーブを入れた。見違えるような快適ルームとなった(とは言っても、わたくしは“使用前”を見ていないが…)。

 その次に、小屋の外壁に、電灯を下げる器具を取り付け、さらに、錆だらけだったトタン板の外壁の錆を落として、きれいに白ペンキを塗り、光が反射・拡散するようにした。趣味とはいえ、なんというエネルギー。いや、趣味だからこそ、のエネルギーだったのかもしれない。さらに2005年春、小屋の前に「生物多様性観察所」という、小屋には不釣合な立派な看板を立てた。ともすれば好奇および不審の目で見がちな村人の説得策だ。虫屋は時として、あらぬ迫害を受けるので、誤解を招かぬよう、細心の注意が必要なのだ。

 こうして、この小屋で2005年春から灯火採集が始まった。だいたい、いつものパターンは以下のようなものだ。

(1)Mさんと佐藤さんは午後7時ごろ、小屋に入る。小屋に入ると、蛾をおびき寄せるための明かりを点灯、前回の虫がたくさん落ちている部屋の中を掃除機できれいにする。

(2)午後8時ごろ、わたくしが合流する。

(3)30−40分に1回くらいのペースで、3人一緒に外に出て、小屋の壁を見回る。一通り採集・撮影してから再び小屋に入る。この“待機”の間、Mさんと佐藤さんは、ウイスキーの水割りで酒盛り。水と氷は冷蔵庫に入っている。寒いときは、ストーブを点火。ぬくぬくと酒を飲みながら、“待機”する。極楽極楽。佐藤さんはこれを称して「殿様採集だあ!」。言い得て妙なる表現だ。

(4)午後10時ごろ、3人一緒に引き上げる。

 こんな採集を2005年は1年間続けた。毎週、必ず、この小屋で「灯火採集酒盛り」をした。飽きもせず、よく続けたものだった。それは、訪れる虫たちの層が興味深かったからだ。訪れる虫たちは深山とも違い、里山ともすこし違う。ましてや住宅地とも違う。この小屋の環境は、住宅地と里山の中間的という微妙な位置関係にあるため、訪れる虫たちも、その微妙さを反映していた。何より強く惹かれたのは、「このような中途半端な環境で熱心に灯火採集をしている人はいないのではないか。だとすれば、日本未記録種もくるのではないか」という思いだった。これは、なかなか魅力的な考えだった。

 その思いが現実のものとなった。2005年9月12日、“殿様小屋”の外壁に止まっていたハマキガを佐藤さんが採集した。専門家に見てもらったら、なんと、日本初記録種! タイプ標本は沿海州で採集されたものだが、沿海州以外からはいまだ報告がないとのこと。2番目の採集地が、この青森市郊外の、この小屋になったわけだ。昆虫をやっているアマチュアにとって、「新種」と「本邦初」の2つは、常に意識の底にある“あこがれ”だ。それを、この小屋で射止めた佐藤さん、そして小屋を整備したMさんの喜びは、ひとしおのものがあったようだ。

 佐藤さんは、この蛾にタカダツヤスジクロヒメハマキという名を与えた。小屋の所在地・高田にちなみ、名のアタマに、麗々しく「タカダ」の3文字を配した。この小屋に、そしてMさんに敬意を払ってのことだったのだろう。面白いことに、この時季、タカダツヤスジクロヒメハマキはこの小屋で3回(3日)採集された。けっこう数が多く、日本初記録というよりは、普通種のイメージが濃厚な蛾だ。つまり、住宅地と里山の中間のような環境にはけっこういる蛾なのだろうが、そのような場所で灯火採集を熱心にする人がいないから、これまで日本で確認されてこなかっただけ、という推論も成り立つ。案外、そんなことなのかもしれない。

 この“殿様小屋”は2005年、もう1つの“金星”をあげた。6月23日、この小屋で佐藤さんが採集したハマキガが、やはり日本初記録だったのだ。佐藤さんは、これにクロホシカラマツミキモグリガという名を与えた。

 このクロホシカラマツミキモグリガは、初記録といっても、前のタカダツヤスジクロヒメハマキとは、ちょっと事情が違う。実は佐藤さん、1987年の6月2日に、津軽半島・梵珠山山系の北端の魔ノ岳ふもとで名が分からないハマキガを採集。それがなんと、18年後の2005年6月23日に、この“殿様小屋”で採集した蛾、すなわちクロホシカラマツミキモグリガと同じだったのだ。つまり、クロホシカラマツミキモグリガが日本で初めて採集されたのは1987年に魔ノ岳ふもとで、日本初記録と判定された個体は2005年に“殿様小屋”で採集されたもの、ということになる。

 2005年1年間だけで、日本初記録が2種。これからも、まだまだ“殿様小屋”で日本初記録の蛾が見つかるに違いない。“殿様小屋”は、その中途半端な性格ゆえ、タダナラヌ可能性を秘めている、といえそうだ。

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