あおもり昆虫記
キアゲハ

 7月の中旬だった、と思う。高校から帰ったわたしを待ちかまえていた祖母は、さも大事件があったような口調で言葉を浴びせてきた。「虫に腰を抜かすところだった。参った、参った」。わたしが飼っていたキアゲハの幼虫の話だった。

 アゲハチョウの仲間の幼虫はふつう、柑橘類の葉を食べる。しかし、キアゲハだけがセリやニンジンの葉を食べる。わたしの実家は水田をつぶして建てられたため、家を取り囲む堰には、水田の名残のセリが生える。このセリを利用して、わたしはキアゲハの幼虫を飼っていた。

 金魚鉢にチョウを入れ白熱灯で照らすと、チョウはたくさんの卵を産む。この方法で約200個の卵を採り、このうち約150個は学校で飼育し、約50個は自宅の金魚鉢に入れて飼育を始めた。天敵がいないものだから、すべてすくすく育った。茶色だった幼虫は終齢(蛹の直前)になると黄緑、黒、赤のおどろおどろしいダンダラ模様に変わる。しかも丸々と太り、大きさは約10センチ。どうひいき目に見てもグロテスクそのものだ。

 仙台から遊びに来ていた祖母は、なにげなくわたしの部屋のふすまを開けた。畳、壁、天井…いたるところで満艦飾の巨大なイモ虫がモコモコうごめいていた。金魚鉢に乗せていたガラスのふたがずれ、幼虫たちはこれ幸い、と脱出したのだった。

 腰を抜かすほど驚いた、という祖母の気持ちはよく分かる。わたしだって、そんな場面に遭遇したら「ぎゃっ!」と叫んだだろう。だが、気丈な祖母は、おもむろに割りばしを取り出し、一匹一匹つまんで金魚鉢に戻した、という。その幼虫たちは、何事もなかったかのように、黙々とセリをはんでいた。

 山の頂に立つと、上昇気流に乗ってきたキアゲハの姿をよく見かける。そのたびに祖母と幼虫脱出事件を思い出し、心の中で苦笑いしている自分に気づく。その祖母は20年前に他界した。あの世で「キアゲハの幼虫には参ったよ」と時々思い出しているのかもしれない。

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