あおもり昆虫記
エンマコオロギ

 いつのころからだろうか。わたしは、鳴く虫の中で一番の美声の持ち主は、エンマコオロギと信じ、以来、そう思い続けている。

 ツヅレサセコオロギや、オカメコオロギのように弱々しい声ではない。キリギリスやヤブキリのような無粋な悪声でもない。ヒメクサキリのような人の脳天に突き刺さる声でもない。カンタンは美声の持ち主だが、エンマコオロギに比べると劣る。スイッチョンで知られるウマオイは、ちょっとエキセントリックすぎる。

 そこへいくと、エンマコオロギの美声ぶりはどうだ。コロコロ…という、まさに玉をころがすような声。哀愁に満ち、それでいてつやのある声は芸術品だ。いかにハイテク時代とはいえ、エレクトロニクスでエンマコオロギの声を出すのは永遠に不可能だ。、

 エンマコオロギの声を聞くと、わたしは切なくなる。そして秋を実感する。

 ある年、コオロギの研究では世界のトップを行く正木進三さんを弘前大学農学部の教授室に訪ねたとき、わたしはこう言った。

 「鳴く虫の中でエンマコオロギが一番の美声と思っているんです」。

 すると教授は、笑顔を見せ、わが意を得たり、と言わんばかりに「そうです。そうなんですよ。それ、本当です」

 さて、世界的学者から美声のお墨つきを得たエンマコオロギだが、カメラマン泣かせの虫である。鳴き声はあちこちから聞こえてくるものの、決して姿を見せない。鳴いている場所は枯れ草の山の中。

 枯れ草を取り払うとコオロギはいるが、あっという間に、葉の陰や石の陰にもぐり込もうとする。かといって枯れ草の山の外側からは写真はとれない。カメラを手に絶望的な気持ちに襲われる。あの美声もにくらしく聞こえてくる。

 そんな話を教授に言ったら、笑いながら答えられた。「あなた、それは無理ありませんよ。コオロギだって生きよう、と必死なんですから」

 美声の持ち主なのに名が閻魔とは落差がありすぎる。正面から見た顔が閻魔様のように見えるというため、とのことのようだが、もっと情緒のある名がつけられなかったものだろうか、と思うのはわたしだけではあるまい。

 美声の持ち主ではあるが、鳴き始めのころは鳴き方があまりうまくなく、鳴き重ねているうちにうまくなっていく、という報告がある。歌い込んで味わいを深めていく人間の歌手のようだ。

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