あおもり昆虫記
ムツセモンササキリモドキ

 友が「白神を見たい。白神に連れていってほしい」と言った。1988年のことだった。

 白神の核心部を見せたいと思いその年の9月下旬、秋田県側から赤石川の源頭を目指した。思ったとおり、友は歩けなかった。荷物を全部仲間に持ってもらっても、疲労に顔をゆがめ、足は遅々として進まない。結局この日は、目的地の赤石川上二股まで降りられず、青秋県境尾根付近の笹薮の中にテントを張った。

 ふだんであれば、お茶がわりにビールを飲み、飲むほどに楽しくなる酒豪の友も、極度の疲れで、さっぱり酒が進まない。そそくさと寝袋に潜り込んでしまった。

 夜中の2時ごろ。近くで「お−い」と叫ぶ声で目が覚めた。ブナ原生林のど真ん中で、この時間。相棒のNと「人より先に川を降りて、イワナを釣りまくろうとするふとどきな釣り師が迷ったんだ。答える必要はない。ほっとこう」と無視を決め込み、そのまま寝入ってしまった。朝になって分かったことだが、声の主は友だった。

 便意をもよおし、用を足すまでは良かったが漆黒の闇のなか、わずか20m足らずの距離をテントまで戻れず叫び、ブナの巨木の下で、百円ライターで暖をとりながら夜を明かしたという。

 夜、目を覚ましたとき、ムツセモンササキリモドキがテントに入っていたのを見つけた。わずか2cmぐらいの小さな小さなキリギリスの仲間。まったく異形のキリギリスで、見たことも聞いたこともないキリギリスだった。「これは新種じゃないだろうか。白神山地には、何があるか分からないからな」と激しく興奮し、採集し大事に持ち帰り専門家に調べてもらった。やっぱり珍しい虫で、当時、県内ではこれが採集6例目だった。この虫に巡り会えたのは友のお陰だった。

 この虫は、青森県十和田湖町で採集された個体をもとに1983年に新種として記載された、青森県との関係が色濃い虫だ。森の木の上に棲んでいるため、なかなか目につかなかったようだ。

 その後、県内の所々で研究者が採集しているようだが、依然として珍しい虫であることに変わりはない。わたしは後年、白神山地のブナ林でもう1匹見つけている。この虫を見つけたとき、脳裏をかすめたのは、友の泣いているような笑い顔だった。

 糖尿病を隠していた友は、山の疲れのためか病状を急速に悪化させ入院。失明同然となったことに悲観し、自ら命を絶った。結果的に死を賭しての山旅となった。

 5年目の1992年、友を追悼しよう、と同じコースをたどる山行を計画、事前調査をしたら、細い踏み跡道が途中で消え、テントを張ったところまで行けないことが分かった。

 残念。そこに友が飲み残したジョニ黒を隠しており、回収しようと思っていたのに。友のジョニ黒はだれにも見つからず、原生林の中で永遠に眠りつづけるだろう。

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