あおもり昆虫記
セスジツユムシ

 ツユムシの仲間は全般に、住宅地で目にすることはないが、このセスジツユムシ(背筋露虫)だけは例外で、住宅地の生垣や草むらにも棲む。もちろん、山地や山あいの草むらにもいる。

 細長い足、羽。一見、草と同化し見つけにくそうな虫に思えるが、意外なほど目につく。これまで何回もセスジツユムシを見てきたし、写真も数多く撮ってきた。にもかかわらず、鳴き声をただの一度も聴いたことがなかった。

 青森市の中心部から郊外に引っ越したときのことだ。それまで姿を目にすることができなかったキリギリスたちが、わたしを出迎えてくれた。このセスジツユムシもそのひとつだった。

 9月中旬の夜、近所の歩道を歩いていたら、さまぎまな虫の鳴き声に混じって、路傍のヨモギからチッ、チッ、チッ、チッ…という声が聴こえてきた。街灯の薄あかりを頼りに声の主を探したら、ほどなく見つかった。セスジツユムシ。ああ、これがこの虫の鳴き声だったんだ。子供の時から見慣れてきた虫の初めて聴く声に、わたしは素朴な感動を覚えた。

 路傍に、しやがみ込んで聴き入るわたしの目の前で、虫は、長い足で体を持ち上げる特異なポーズをとりながら鳴き続けた。遠くから聴くとか弱いが、近くで聴くと意外にしっかりした声で。

 それから約2週間たった日曜日。弘前市の実家に行き、夜、近所の庭の前でさまぎまな虫の鳴き声を聴き分けていたら、セスジツユムシの鳴き声が耳に飛び込んできた。その時、ふと思った。今までわたしは、何回となくこの虫の声を聴いてきたに違いない。しかし、聴覚に感じなかっただけなんだ、と。つまり、聴く意思を持たないと聴こえないんだなあ、と。

 考えてみればこのことは、すべてに通じる。聞く意思を持たないと人の話(の本質部分)は聞こえない、とも言うことができる。新聞記者の基本かも。自戒、また自戒。そんなことを考えさせる秋の夜。

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