あおもり昆虫記
ツユムシ

 ある年の秋の夜だった。同僚記者からあるものを頼まれ、青森市郊外にある彼の家を訪ねた。

 わたしの車は壊れて修理に出していたので、代車で行った。彼は玄関の前に出て待っていてくれた。「なんだなんだそのばかでかい車は」「いや−毎度のことだけど車が故障しちゃってさぁ」などあいさつ代わりの会話が途切れたら、あたりは虫の声。情緒なんて生ぬるい言葉では表現しきれない。四方八方上下前後左右東西南北北東南東北西南西…自分の周りはすべて虫の声。未売却地がやたらと多い新興住宅地。

 その空地の草むらすべてでさまざまな虫が、それぞれ自分の存在を主張して声を張り上げて鳴いていたのだ。

 「うるさいけど、いいもんだね」などと話していたら、目の前からプチン、プチン…というかすかな破裂音が聞こえてきた。スイッチョンと鳴くウマオイも鳴き始めと鳴き終わりに「プチン、プリン」という破裂音を出すが、それとも違う。彼の懐中電灯を借り、音のあたりに光を当ててみたら、音源はツユムシだった。日中、幾度となく見てきたツユムシ。

 鳴き声を聞いたのは、これが初めてだった。キリギリスの仲間とは思えないほどささやかな鳴き声。ツユムシは夏から秋にかけ、畑の周囲や山地の草原、雑木林の周辺にいる。日中は草や木の葉の上を、細長い足をうまく使って、ゆっくりゆっくり渡り歩いている。そのスローモーぶりが印象的だったが、どんな鳴き方をするのか分からなかった。というより、ユニークな歩き方をしているため、鳴き声まで頭が回らなかったのかもしれない。

 地味で聞き取りにくい声とはいえ、喧噪の中でわたしの耳にもプチン、プチンと聞こえたということは、自分の存在を主張するには案外、効果的な鳴き声なのかもしれない。

 鳴き声はバカでかいだけが能ではない。いかに効果的な音かが大切だ−などと知ったかぶりを言ってもはじまらない。それはあくまでも人間の聴覚を基準にした話。虫たちには彼らの発する音がどのように聞こえているのか、は当の虫たちでなければ分からない。

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