あおもり昆虫記
フサヒゲオビキリガ
ホシオビキリガ

 友人の蛾博士Sさんから連絡が入った。「そろそろ蛾が出ていますよ〜。糖蜜採集をやろうかと思っているんですが、ご一緒しませんか?」。3月上旬のことだ。「えっ? この季節、蛾はいるの?」とハテナマークいっぱいのわたし。「ははは。それがいるんだな」とSさん。

 こうして、3月中旬の土曜日、Sさんと長年の友人、そしてわたしの3人が蛾探しに出掛けた。この年最初の観察。虫屋にとっては、この日が“事始め”だ。しかし、おめでたい?初日なのに、風が強い。「風があると、糖蜜のにおいが飛ばされてしまうなあ…」とSさんは困った顔をしている。おまけに雨が降ってきた。「雨でも蛾は来る」と言うSさんだが、表情はさえない。

 この糖蜜採集、昆虫採集の定番のひとつで、黒砂糖を溶かした液体を樹の幹に塗りつけ、その芳香に誘われてくる虫を捕まえる、という方法だ。今回の場合、成虫越冬している蛾を、この芳香でおびき寄せよう、というわけだ。

 夕方5時過ぎから、糖蜜採集の場所選びを始めた。狙いは、カシワ林だ。この季節、カシワなどに依存する蛾が多く成虫越冬をしているという。青森空港の辺りをめざす。カシワ林は点在している。しかし、風当たりが強いところはだめだ。なるべく風が弱いカシワ林を探す。おまけに、雪がまだ深い。この日、青森地方気象台の積雪は、まだ70センチほどもある。道路の両側は、雪の壁が崖のように切り立って、取り付くことができない。雪の壁が低いところにあり、風が弱そうなカシワ林をやっと見つけた。

 薄暗くなり始めている雪の雑木林で、Sさんはカシワの幹に糖蜜を、アイロンがけのときに使う“霧吹き”で次々と噴霧していく。

 Sさんの糖蜜の成分は黒砂糖とビール。この糖蜜は人によって成分が違い、使用するアルコール類も「ビールだ」「いや日本酒だ」「やっぱり焼酎だ。それもアルコール度が“ん%”のものでなければならない」と斯界では、なかなかうるさいらしい。要は、人それぞれ秘伝の製法があるらしい。

 Sさんの場合は、まず黒砂糖を水に煮てからそれにビールを注ぐという製法だ。「ふつうは酒を調合する、と聞いているが、なぜビールなのだ?」と聞いたら、「わたし、ビールを飲まない。もらったビールが家に余っているから」とSさん。それにしても、このニオイがすさまじい。Sさんが噴霧したあとをついていくのだが、黒砂糖とビールのニオイが「もわ〜〜ん」と一帯に広がる。う〜ん、こりゃ、虫が来そうだ、と意味もなくおもう。

 噴霧したあと車に戻って待機する。風が強い、雨も降り続ける。蛾は果たして来るのだろうか。また不安がよぎる。空が真っ暗になり、風が小やみになったころ、懐中電灯を頼りに、糖蜜を噴霧した幹の巡回に出掛ける。

 いた、いた。フサヒゲオビキリガとホシオビキリガが幹にとまっていた。一心不乱に黒砂糖ビールを吸っている。まだ厚い雪の覆われているカシワ林。気温も低い。雨も降っている。なのに元気に飛来する蛾たち。ちょっとした感動ものだった。それにしても、なんという黒砂糖ビールの威力のすさまじさ。

 Sさんによると、これらの蛾は、成虫越冬している個体なんだそうだ。この時期、雄と雌が巡り会って結婚。産卵するのだという。いまの時期しか結婚しないというからすごい話だ。じっと寒さに耐えながら成虫越冬し、すこしでも気温が上がると飛び回って雌雄が出会う、という構図のようだ。

 で、素朴な疑問がおきる。黒砂糖ビールなんて自然界にないから、ふだんは何を摂取しているのだろうか。あるいは絶食し、一瞬の結婚に命をかけるのだろうか。もうひとつ、素朴な疑問。黒砂糖ビールを吸った蛾は、酔っぱらわないのだろうか。なぜなぜなぜ…アタマの中を疑問が駆け巡る。

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