あおもり110山
(きなしだけ  587.3m  市浦村=現五所川原市)
 
■ 感動呼ぶ大パノラマ

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木無岳山頂に立つ「親子登山の集い」の参加者。向こうに見えるのは十三湖や日本海。抜群の眺望だ=1997年9月23日
 森林眼界を過ぎ低かん木帯に入ったら、いきなり眺望が開けた。北海道が見える。十三湖が見える。岩木山も日本海も陸奥湾も。そして自分たちが住んでいる市浦村も。

 子供たちから歓声が上がった。「わ−っ」「すごい、すごい」。1997(平成9)年9月23日、市浦村親子登山の集いに参加した約80人は、約1時間の登山の疲れを忘れ、山頂からの大パノラマに見入っていた。

 市浦村教育委員会と市浦営林署が主催する親子登山の集いは91年から始まった。立案したのは同教委生涯学習係長の三浦美智男さん(40)と同村十三小学校校長の鍋田元さん(56)。

 当時、学校週5日制の導入に伴い、子供たちの受け皿づくりが求められていた。一方同教委は 「ふるさと子供塾」を設け、自分たちが住んでいる村についての知識を深めてもらおう、と努めていた。

 こうした背景から考え出したのが木無岳への親子登山だった。「市浦村は自然が豊かだが、自然があまりに身近すぎて、触れる機会が意外に少なかった」(三浦さん)「市浦村の艮さを子供のうちから知ってほしかった。そして教えたかった。郷土愛を持ってもらうには、いろいろなことを体験することが必要なんです」(鍋田さん)とそれぞれ動機を語ってくれた。

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木無岳は形が整った山で多くの村民から親しまれている=1997年9月20日、市浦村太田地区から
 2人とも、実はそれまで地元の木無岳に登ったことはなかった。そこで登山コースの下見に出掛けた。そして道に迷った。この経験から、子供たちに是非登ってもらい、地元の山を知ってもらいたい、という思いをさらに強くしたという。

 営林署も全面的に協力してくれた。登山日近くに道を刈り払って歩きやすくし、当日は森林教室などを開き植物名を気軽に教えてくれた。こうして回を重ね、97年が7回目の登山だった。

 今回、初めて参加した親子がいた。武田洋子さん(31)、十三小4年の和さん(9つ)、同2年の拓也君(8つ)の3人だ。

 「登った人の話を聞くと、景色がすごくいいというので一度登ってみたかった。子供たちが登れるものかどうか心配したけど、子供の方が元気でした」と洋子さんは子供たちを頼もしげに見つめる。そして「山頂からの眺めに感動した。地図を見ているような感じ。ふるさとを上から初めて見て、きれいだなあ、と思った」と感激をかみしめながら話す。

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下山した参加者を、おいしい豚汁が待っていた=1997年9月23日、登山口付近
 7回連続参加の“皆勤賞”は太田小5年の奈良太樹君(11)だ。5歳だった園児のときから毎年登り続けている。「疲れても頑張って山頂に立ち、飲むジュースの味がたまらない。来年も登る」と元気だ。そばで母親の靖子さん(31)は「太樹は5歳で初めて登ったとき『一人で登れた』ととても喜んでいた。大きくなっても木無岳に登ったことや市浦のことを決して忘れないでしょう」と目を細める。

 靖子さんは太樹君、太田小三年の晃央子さん(8つ)、園児の学君(5つ)と親子4人で登った。「みんなで同じことを一緒に成し遂げることは、家族のきずなを強めることになるんです」と充実感いっぱいの表情だ。

 下山後、和気あいあいと昼食をとる参加者を見つめながら、発案者の三浦さんはしみじみと語った。「山項に立ち感動が得られればいいんです。感動することはとても貴重なことなんです」

<メモ> 延ベ600人が山頂踏む

 木無岳親子登山の集いは1997年までに7回開かれ、延へ600人が山頂を踏んだ。山頂からは360度のパノラマ。北から時計回りに四ツ滝山、増川岳、北海道松前半島、浜名岳、北海道恵山、津軽海峡、下北半島、坊主岳、尖岳、袴腰岳、丸屋形岳、清水股岳、陸奥湾、夏泊半島、北八甲田、大倉岳、南八甲田、馬ノ神山、梵珠山、岩木山、津軽半島水田地帯、岩木川、十三湖、日本海、靄山、権現崎、北海道小島・大島などが見える。

(1997/10/18 東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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