あおもり110山
(はかまごしだけ  627.8m  中里町=現中泊町・蓬田村・金木町=現五所川原市)
 
■ 行き届いた案内標識

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ブナ林に覆われた優しいたたずまいの袴腰岳。双耳峰で左側のピークに三角点がある=1999年4月29日、赤倉岳山頂付近から
 津軽半島の山の中で、山頂からの眺めは随一だ。山頂は草地で遮るものが無い。360度の眺望。北は北海道渡島大島、小島、津軽海峡、丸屋形岳、東は仏ケ浦、釜臥山、夏泊半島、陸奥湾、南は大倉岳、八甲田、梵珠山系、岩木山、津軽平野、そして西は七里長浜、十三湖、日本海…。大パノラマを独り占めだ。

 登山道は中里町側から2本、蓮田村側から1本あるが、このうち、中里町側の宮野沢と尾別の登山口を目指して車を走らせると、林道の分岐点に必ず案内標識が立っていることに気づく。この標識に導かれて進むと、無事登山口に着くことができる。

 「どこの山でもやっていることと思っていたんですが…。当方は、たいしたことをやっている、という意識はなかった」と考案者の中里町産業課係長の葛西成芳さん(37)は、けげんな表情を見せるが、どうしてどうして。登山口ヘのアクセス道にこのような親切な案内をしている所は、あまり例を見ない。

 本県の山に登る際、一番困るのは、登山口までどう行けばいいのか、という点だ。登山口から山頂までは標識が完備していても、肝心の登山口まで到達できないケースがままある。本県の行政関係者は登山口までのアクセス道をどうも軽視しがちだ。その点、中里町は登山者の気持ちになった対応をしている。

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袴腰岳山頂から見た十三湖=1998年10月21日
 標識は、国道339号から尾別登山口まで12.2kmの林道に10基、国道339号から宮野沢登山口まで7.4kmの林道に7基立てられている。すべての分岐点に立っており、どちらの道を進めばいいのか図で示しているため、運転者は悩む必要が無い。

 登山ブームが熱を帯びてきた1994(平成6)年ごろから「袴腰岳山頂からの眺めがいいと聞くが、どう行けばいいのか」という問い合わせが中里町役場に寄せられるようになった。その数は年間30件以上もあった。ところが、2本のアクセス道は長いうえ分岐点が多い。とても電話では対応しきれなかった。結局、地図にルートを書き込んで照会者に郵送していた。

 「このままでは対応しきれない。多くの人に袴腰岳に登ってもらいたいので、いつでもだれでも登山口まで来られる方法がないものか」と葛西さんは考えた。そこで思い付いたのが標識だった。県観光整備事業に乗せ、デザインも葛西さんが考え96年に設置した。

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中里町側の登山口までは、この標識が導いてくれる=1999年5月18日
 標識を立ててからは、電話での問い合わせにも対応が楽になった。しかし、春先や大雨の後などに土砂崩れで林道が通れなくなることがある。このため葛西さんは 「99年度から、国道に立っている標識に登山が可能か不可能かを知らせる看板を取り付けようと思っている」 と話す。

 袴腰岳と長年付き合ってきたのが同町の尾別小学校だ。56年に現校舎が建ってから全校登山や各学年ごとの親子登山が盛んに行われるようになった。児童たちも「尾別小に入れば袴腰岳に登るものだ」と思ってきた。しかし、97年から遠足を社会見学に切り替えリンゴジュース工場、ごみ焼却施設、ダムなどを見て回るようになってからは登っていない。が、登らなくなっても同小にとって袴腰岳は特別な山であり続ける。校歌に歌われているからだ。

 「はるかにあおぐ山脈の袴腰岳雲晴れて…」(一番)

<メモ> 縦走路が蓬田山岳会の夢

 袴腰岳の蓬田村側の登山道はかつて、瀬辺地川から延びていたが、アクセス林道が悪路のため1995(平成7)年、蓬田山岳会と営林署は、蓬田川からの道に付け替えた。また大倉岳の下から袴腰岳の下を結ぷ縦走路を92年から96年にかけて切り開いた。当時同会会長だった津島永孚・蓬田村税務課長は「大倉岳、赤倉岳、袴腰岳の“蓬田三山”の縦走路を造るのが会発足当初からの夢だった」と話している。

(1999/6/26 東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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