あおもり110山
(てんぐだけ  957.6m  深浦町)
 
■ クマの生息密度高い

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かつては訪れる人がほとんどなく“孤高の山”だった天狗岳。山頂から向こう側が世界遺産核心地域になっている=1998年6月18日、県道弘前西目屋岩崎線から
 天狗岳に登山道がついていないころの11月中旬のことである。独りで天狗岳登山の途中、尾根で休んでいたら、がさがさっと音がした。クマだろうか。緊張が走る。

 音は赤石川えん堤の方から上ってくる。やがて日の前に銃身がにゅっと現れた。ハンターだった。「クマいましたか?」。ハンターはやおら聞いた。「いいえ」と答えると「おかしいなあ。ここはクマの、巣なんだけどなあ」とつぶやきながら、天狗峠の方向にやぶをこいで行った。

 天狗岳一帯は、白神山地の中でもクマが多くいる場所という。鯵ケ沢町のクマ撃ち吉川隆さん(49)はこれまで約50頭のクマを捕り、うち約35頭は単独で捕獲した。それらは天狗岳の沢、ノズの沢など、天狗岳山塊から流れる沢で多く捕った。「これらの沢はクマの“コメびつ”だった。クマ牧場みたいなものだった」と吉川さんは言う。

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天狗岳をめざし、かつて難所だったノズの沢源頭の道を行く登山者たち=1998年6月21日
 18歳から銃を持って白神山地のクマを追ってきた吉川さん。「生活のために捕る。売るのは胆のうと皮。うまくいくと1頭で50万円になり生活がいくらか楽になった。ほかに収入源が無かった。でも、クマは授かり物だから大切に扱った。先輩から教わった儀式をちゃんとやり、引導を渡してやった」

 天狗岳の沢の滝の落ち口に、仕留めたクマが引っ掛かったことがあった。この沢は非常に急しゅん。クマを引き上げることができず現場で解体して胆のうだけ持ち帰り翌日、応援を求めて引き上げたことがある。また「初冬、天狗岳でクマを捕ったのはいいが道に迷ってしまい、捕ったクマの皮を着て落ち葉を身にまとい暖をとり、一夜を明かしたこともある」。クマ撃ちの思い出は尽きない。

 猟やゼンマイ採りの人たちだけが入っていた天狗岳だったが、今は多くの登山者でにぎわう。登山道が整備されたからだ。道ができたのには、いきさつがあった。

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天狗岳山頂から向白神岳(右)を望む。左端の谷は追良瀬川=1997年6月18日
 白神山地保護が問題になっていたころ、全国から視察や調査の団体が多数訪れた。彼らはいずれも、青秋県境の二ツ森に秋田県八森町から登り、眼下に広がるブナ林を眺めた。いつしか、白神山地の表玄関は秋田県−というイメージが全国に広がった。

 「これはまずい。青森県側に白神山地を気軽に眺望できる場所が無いのか」という声が上がり始めた。県議会でも問題になった。これを受けて県自然保護課は、弘前市の登山家根深誠さん(53)に「白神岳山頂からは眺望できるが、登山に時間がかかる。ほかに良い眺望地点はないだろうか」と打診した。

 根深さんの頭に天狗岳がすぐ浮かんだ。「白神の中では天狗岳山頂からの眺めが一番良いと思っていた。だれも訪れない孤高の山で、白神の精霊に触れながら、ひそかに眺望を楽しんでいた」。しかしここを教えるのがいいのだろうか、と悩みもした。それでも「みんなに見てもらった方がいい」と判断し、県に教えた。こうして1994(平成6)年、全長5,154メートルの登山道が完成した。

 根深さんは一時、登山道を造らせたのは良くない、と一部自然保護団体から批判を受けたが「白神に触れて感激し自然と対話すれば、それだけ保護の心や自然を畏怖(いふ) する気持ちがはぐくまれるから、登山道ができて良かったと思う」と話している。

<メモ> 山頂から世界遺産地域一望

 天狗峠から天狗岳への登山道は、途中から世界遺産緩衝地域に入るが、この道は“既存歩道”の扱いになっているため、登山者は森林管理署に入山申請をしなくてもよい。山頂から南側は世界遺産核心地域で、南は青秋県境一帯の真瀬岳、二ツ森、小岳、駒ケ岳、東は尾太岳、西は向白神岳−の範囲が一望のもとに見渡せる。晴れていると秋田県の日本海も見える。また、赤石川、追良瀬川という白神を代表する川を見下ろせる。

(1999/4/10  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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