あおもり110山
(ますがだけ  1011.8m  鯵ケ沢町)
 
■ マタギ伝説に彩られる

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ブナ林の中をさまよっていたら突然、目の前が開け、摩須賀岳の山上湖「ノロの沢の沼」が広がっていた=1997年7月22日
 白神山地のほぼ中央。どっしりそびえる山は存在感がある。険しい。そして、やぶ。人々を断固として拒む。そんなイメージを与える山だ。

 鯵ケ沢町のクマ撃ち吉川隆さん(48)は「先輩から『摩須賀岳には山の神がいる。摩須賀岳のクマは山の神を守っているから捕るな』『摩須賀岳には大きなサルがいる』『赤石川での猟は、本流はヤナダキ沢まで、支流の滝川はオチブの沢までしか行くな』と言われた」と話す。

 険しさゆえこのような言い伝えが残っているのか。吉川さんは、この教えを忠実に守っている。ちなみに大きなサルはマスと呼ばれ、これが山名になったという説がある。西目屋村のマタギの流れをくむ工藤光治さん(56)も「父から『夏は摩須賀岳に行くと思うな』と言われたものだ。だいいち山頂に行く用が無い。獲物は摩須賀岳の上の方にいないからだ。夏はマタギも登らない山だ」と言う。工藤さんが猟のついでに摩須賀岳に登ったのは残雪期の1回だけだという。

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どっしりした山容の摩須賀岳=1991年9月23日、櫛石山南尾根から
 人々が、おそれにも似た気持ちを摩須賀岳に抱いているためか、下を流れる滝川に伝説が2つある。「西目屋村砂子瀬に古くから言い伝えられている話だ」と工藤さん。

 その1つは、オチブの沢での出来事。昔、砂子瀬の猟師12人がカモシカ撃ちに行ったが、沢と滝川が合流する辺りに架かった雪を11人が踏み抜きおぼれ死んだ。以来、砂子瀬の人たちは「12」にこだわるようになった。

 「山の神にお供えするもちもクマの肉も12個。また、森林作業などで入山するときは12人では行かない。山の小屋で人と出会い12人で泊まることになったときは、柱を削って炭で人の顔を描き1人増やす。この顔を“三助様”という」と工藤さん。伝説は今も生活に根付いている。が、この遭難事故がいつ発生したのかはだれも知らない。

 2つ目の伝説は滝川の奥のアイコガの滝にまつわる話。昔、若者がここでイワナを3匹捕ったが、歯が抜けて滝の主になってしまった。そして滝つぼに石を落とすと大雨に襲われ滝川から脱出できなくなる、という。

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摩須賀岳を目指し、滝を巻く=1997年7月22日、ノロの沢で
 この摩須賀岳に、マタギも敬遠する夏に登ろう、と青森営林局に入山申請した。許可をもらったが「無理ですよ」と軽く言われた。

 旧弘西林道に車を捨て赤石川と滝川の合流点まで1日の行程。テント泊し翌日、摩須賀岳を目指した。赤石川をさかのぼり、途中からノロの沢を詰める。滝を突破しノロの沢の沼に向かった。が、ルートを誤りブナ林の中を試行錯誤で歩き、沼に着いたのは歩き始めて5時間後。

 いったん沢に戻りササやぶをよじ登って着いた山頂は、かん木が強烈に絡み合い、地面に足が着かないほど。下山は赤石川と滝川の合流点を目指したが、無数に派生している尾根の選択に戸惑う。急斜面の尾根を下っているときクロスズメバチに襲われ体を何カ所も刺されたり、尾根が突然無くなりガケに直面するなど困難を極め、テントに帰り着いたときは歩き始めてから12時間もたっていた。

 全編やぶの中の登山。空が広がっていたのはノロの沢の沼だけ。神秘さを漂わせる沼で休んでいたら、静寂を破ってコエゾゼミが鳴き始めた。たった1匹。が、その強烈な声は、沼全体に響き渡った。

<メモ> スキー入山者が増加傾向

 摩須賀岳は白神山地世界遺産核心地域に入っているため、青森営林局は登山者に、ノロの沢−山頂−赤石川・滝川合流点のルートだけを認めている。白神山地の中でも屈指の厳しいルートのため、夏に訪れる人は極めて少ないが昨今、残雪を利用して秋田県側からスキーで摩須賀岳を訪れる人が増えている。緩やかな尾根歩きは楽で、ガイド本にも紹介されているが、同局は「そのルートは指定していないので通らぬように」と言う。

(1998/9/19  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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