あおもり110山
(あおしかだけ  1000.2m  西目屋村)
 
■ 貴重なハイマツ群落

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ブナ林の中にぽっかりと空間が広がり、そこにハイマツの大群落があった。ここが鬼の坪だ=97年7月16日
 1997(平成9)年2月21日に開かれた白神山地世界遺産地域懇話会専門委員会。席上青森営林局が、許可を得れば白神山地核心部を歩いてもよいとする29ルート案を示した。

 専門委員の一人で西目屋村のマタギの流れをくむ工藤光治さん(55)が、ルート番号29の「青鹿沢−鬼の坪−青鹿岳」にクレームをつけた。「鬼の坪のハイマツ群落は貴重だ。ハイマツに上がって写真を撮る人もいる。このルートを指定から外すべきだ」。工藤さんの訴えが通り指定ルートから「鬼の坪ルート」が除外された。

 鬼の坪は、青鹿岳東斜面の地滑りで出来た台地で標高800−850メートルの所にある。急しゅんな青鹿岳だが、ここだけは例外的に平たんだ。この大地に3000平方メートルもあろうかというハイマツの群落が生育している。

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静かな大滝股沢。この沢を通って青鹿岳に登るコースは指定ルートから除外された=97年7月17日
 盛岡大学短期大学部の斎藤宗勝教授(植物生理生態学)は「ハイマツの群落としては本州最低標高にある」とその価値を認める。群落の下には岩の塊がたい積し、そのすき間から冷たい空気が出てくるため、標高が低くてもハイマツが生育できる、という。

 工藤さんは父からこんなことを教えられた。「鬼の坪へ行けばだめだ。昔からの言い伝えだ。そこへ行くと悪いガスが出て気分が悪くなり、冷害になる」。が、父は「一回だけ見ておけ」とルートを教えた。「マタギでもそこに行く人はほとんどいなかった」と工藤さんは述懐する。

 青秋林道が鬼の坪の近くを通ることになっていたため、工藤さんは「貴重な鬼の坪を知ってもらおう」と仲間とマタギ体験ツアーを企画した。人気のツアーだった。工藤さんが案内した2年間だけでも年間140人が参加した。その後のツアー参加者などを含むと、さらに多くの人が訪れた、と推測される。最初は、やぶをこいで鬼の坪まで行ったが、これだけの人数が登ると自然に道が出来ていった。

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中央左寄りのなだらかな山が青鹿岳=98年4月5日、西目屋村・鯵ケ沢町・秋田県藤里町の3町村境界峰から
 「鬼の坪に行っても、気持ちが悪くならなかったし、冷害にもならなかった。昔の人は、貴重な自然を守るために言い伝えを残したのだろう。ご先祖様が守ってきた鬼の坪が踏み荒らされては申し訳ない、と思った」。工藤さんはルート指定に反対した理由を語る。

 鬼の坪とはどんな所か。弘前営林署から許可をもらって行ってみた。青鹿沢から見当をつけて枝沢を詰め、さらに尾根をよじ登って行ったら突然、松やにの強いにおいが鼻をついた。ササやぶをかき分けて進んだら急に視界が開け、ハイマツの大群落が広がっていた。ブナのイメージが強い白神山地の中にあって、それは不思議な光景だった。

 ここからやぶをかき分けながら急な斜面を約40分登ると山頂に着いた。樹木に遮られ眺望はきかない。三等三角点が埋められていた。

 自由な入山に否定的だった工藤さんだが、最近考えが変わった。「山が仕事場の自分たちは入れると思っていた。ところが私たちも登山目的でないと入れなくなった。私に登山の趣味は無い。遊びなら入れるのに、仕事で入れないのはおかしい。クマもイワナも山菜もキノコもとれないのは山じゃない。山を私たちに取り戻したい」

 指定ルートから外された大滝股沢−青鹿岳一帯は今、白神山地の中で最も静かな地域である。

<メモ> 鬼の坪ルートを指定除外

 白神山地が世界遺産地域に指定されてから、自然を守るため自由な入山を規制すべきだ、という意見と、入山させてこそ自然を大切にする意識が高まる、という意見が対立してきた。青森営林局は、妥協策として核心部27ルート(原案では29ルート)に限って登山者の入山を認める実験案を提案、1997年7月1日から実施している。入山申請−許可という形をとっているが、不都合が生じた場合は見直すことにしている。

(1997/11/15  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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