あおもり110山
(ぬいどういしやま  626m  佐井村)
 
■ 珍しい地衣類が生育

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200メートル近い岩壁がそそり立つ縫道石山。登山者は「全国的に見てもロッククライミングの一級の岩」と言う=1998年8月22日、登山道から
 青森県随一の特徴的な形をした山だ。その縫道石山が注目を集めたのはオオウラヒダイワタケという珍しい地衣類が1956(昭和31)年に発見されたからだった。

 資源科学研究所(文部省直轄の研究所)が同年、下北半島総合調査の一環として植物も調べ、同所員の黒川逍さんが持ち帰った採集品の中に、日本産イワタケに該当しないものがあった。詳しく調べた結果、北米東岸産のイワタケと同一種であることが分かり、同所長の朝比奈泰彦さんがオオウラヒダイワタケと命名した。

 北米やシベリアに生育しているイワタケがなぜ下北半島にあるのか−。当時、学会で注目を集めた。その後、アリューシャン列島でも見つかったが、日本では縫道石山だけ。青森県立郷土館学芸課研究主査の太田正文さんは「氷河時代の生き残りと想像される。下北にぽつんと取り残されたのだろうか」と話す。

 貴重な発見だったが、当時は「人知れず保存した方がいい」と場所を明らかにしないで保護する方針をとった。

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ごつごつした岩がある縫道石山山頂。岩の壁面にオオウラヒダイワタケが生育している=1998年8月22日
 しかし、この方法には限界があった。イワタケの生育に適した気象条件をつくっていたヒバ林が伐採されたのだった。その結果、ガスがかかりにくくなるなど環境が激変、死滅するイワタケが目立ち始めた。また、ロッククライミングの格好の練習場として脚光を浴びたのも生育にはマイナスになった。

 イワタケが無くなってしまう、と危機感を抱いた青森県教委などが働き掛けた結果「縫道石山・縫道石の特殊植物群落」が七六年、天然記念物に指定された。発見から二十年たっていた。

 この岩壁を初登攀(はん)したのは青森県山岳連盟会長の松島静吾さん(63)で、66年のことだった。「喜びましたよ。中央アルプスに行かなくても、いい岩があったんだから」と松島さん。「150−180メートルの岩壁は、全国的に見ても一級。岩(石英斑岩)の質もスケールも穂高よりいい」と絶賛する。貴重な植物がそこにあるとは、夢にも思っていなかった。

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天然記念物に指定されているオオウラヒダイワタケ=1998年8月22日、山頂付近
 県山岳連盟は67−70年、ヒマラヤ遠征強化合宿のためこの岩壁を使いトレーニングを積んだ。しかし、オオウラヒダイワタケの存在を知ってからは自粛している。「独自調査し、生育に影響の無いルートは登攀に利用したい、という気持ちは今でも持っている」と松島さんは話す。

 佐井村は、年一回の文化財パトロールをしているだけで特別な保護の手を打っていない。助役の奥本好勝さん(五七)は「下手に看板を立てると人が来る。それよりはそっとしておきたい」。下北森林管理署大間事務所は保護の一環として、登山者に入林申請書の提出を求めているが出す人があまりいないのが現状だ。

 地元福浦地区の漁業者は、漁のポイントを知るため縫道石山を目印にしている。田中長次郎さん(76)もウニ、ヒラメ、タイ、ソイをとるとき、縫道石山を利用している。もし津軽にこのような山があれば、お堂が建ち霊山としてまつられることは間違いないところだが、ここにはお堂もしめ縄も無い。「格好の良い山だと思っている。地元の人はその程度の認識だよ。登山行事も信仰も無い」と田中さん。この岩山に畏敬(いけい)の念を抱くのは、よそ者だけなのかもしれない。

<メモ> 96年に新しい登山道

 縫道石山登山道は以前、(1)佐井村福浦のダルミの沢から(2)川内町野平から(3)野平・福浦林道の峠から−の三ルートがあったが、下北森林管理署大間事務所は九六(平成八)年、境界伐採のトラクター道を利用し、野平・福浦林道の峠から新しい登山道をつくった。この道は以前の道より歩きやすく、約一時間で山頂に着く。山名の由来は「ぬいどう」(同地方のナメコの方言)が探れる山という説や入道に見えるという説などがある。

(1999/5/1 東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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