あおもり110山
(くろもりやま  420m  大畑町=現むつ市)
 
■ 神が通る道を刈り払い

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1時間半をかけて全員が元気に黒森山に登った第二田名部小の5年生=1998年6月9日、黒森山山頂で
 むつ市第二田名部小の5年生112人と引率の先生を含めた一行118人が黒森山を登り始めた。登山道はよく整備されている。長蛇の列が、うっそうとしたヒバの森を縫って進む。

 先頭は県下北少年自然の家の指導主事木村芳徳さん(36)。登山道の要所に設置されている「コール」の標識に着くたびに、携帯無線機で自然の家に連絡を入れる。隊列の無事と現在地を知らせるためだ。自然の家は黒森山のふもとに建っており、子供たちが自然に親しむとともに集団生活をすることで社会性を身に付ける手助けをする施設だ。

 一行の中に体が不自由な子供も含まれていた。みんな、その子を励ましながら登る。先生に言われたのでもないのに励まし、手助けする。こうして自然な形で社会性を身に付けていく。

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黒森山山頂にあるほこらと石灯ろう=1998年6月9日
 休憩を十分とりながら登り約1時間半をかけて山頂に着いた。にぎやかにお弁当を食べる子供たちに目を細めながら同校教頭の津田久文さん(48)は「当校では5年生が自然の家に釆て1泊2日の研修をする。自然を対象にした体験学習をしてもらうためだ。とくに登山はふだん経験していないから、強い印象を受けた、と思う。肉体面・精神面を鍛えるのに黒森山はうってつけの場所だ」と語った。

 山頂にはほこらがあり、その隣には「黒森大権現」と刻まれた石碑が立っている。その裏には 「享保16年」(1731年)の年号。ほこらの中を見ると、大畑町木野部地区が管理しているようだ。

 黒森山のふもとに位置している木野部地区に玉垂神社氏子総代の漁業笠島正三さん(71)を訪ねた。「山項のほこらは、木野都地区にある玉垂神社の奥宮だ」と笠島さん。地元の人は黒森山にはあまり登らないが、玉垂神社の例大祭(8月19日)近くなると、登山道の刈り払いをする。

 刈り払い区間は玉垂神社から黒森山中腹の観音堂まで。地区総出の50−60人が1日がかりで道をすっきりさせる。ふだん人々が登らないのに、なぜ例大祭近くになると道を刈り払うのだろうか。その疑問に笠島さんが明快に答えてくれた。「神様が奥宮から玉垂神社に下りてくるための道をつくるんだよ」

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整った形をしている黒森山=1998年5月31日、大畑町木野部峠から
 例大祭当日の朝、男3人が地区を代表してこの道を通って山頂に登り、ほこらにお神酒をあげて参拝する。このお神酒を持って、玉垂神社に帰って来ると例大祭が始まる、という段取りだ。

 「本来は地区全員で登らなければならないが、まつりの準備に人手がとられるため、参拝登山者は当番制になっている。若い人が登るが、地区に若い人が少なくなった。木野部では50歳代は若者だよ。1−2人だと危険だから3人を登らせている。クマが出没して参拝登山をやめたときもあった」と笠島さん。

 同町の船主の中には出漁の前に山に登って参拝し、ほこらに着いているコケを採ってくる人がいる、という。そのコケを飲めば船酔いをしない、と昔から伝えられているからだ。

 「神社のまつりの際、山車を1台運行するが、地区に子供が少なくなったので運行がままならなくなってきた。でも神社がある限り、木野部に人がいる限り黒森山に登り続けなければならないだろうなあ」。笠島さんは地区の将来を心配しながらそう語った。

<メモ> 環境に恵まれた自然の家

 下北少年自然の家は梵珠(五所川原市)、種差(八戸市)に続き1980(昭和55)年、県内3館目の宿泊型社会教育施設としてオープンした。梵珠は山、種差は海を対象にしているが、下北は山と海で体験学習を指導している。黒森山登山をメニューに組み入れる学校が多いが、最近はイカダづくりに人気が移ってきている、という。年間利用者は、ほぽ20団体、1200人で推移。津軽地方の学校も利用している。

(1998/10/3 東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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