あおもり110山
(ひうちだけ  781.3m  大畑町=現むつ市)
 
■ 初登山に驚きの連続

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燧岳山頂に立つ風間浦村の小学生たち。下北半島のパノラマにびっくりしていた=1997年10月28日
 大畑町と風間浦村にまたがる燧岳(別名・佐藤ケ平山、山頂の三角点の場所は大畑地内)。那須火山帯に属し、第四紀洪積世(200万−1万年前)のアスピーテ型火山として知られる。

 風間浦村の小学生約40人が1997(平成9)年10月28日、初めてふるさとの山に登り下北半島のパノラマを楽しんだが、この登山計画は、ちょっとしたきっかけで実現した。

 燧岳に登るにはこれまで、大畑町から登るのが一般的だった。が、ほとんど道が無い状態で、一般の人たちが登るには不向きの山だった。風間浦村から登るルートもあったが、これもけもの道同然だった。

 山の多くの部分はブナとササで覆われている。このため季節になれば、大畑口からタケノコ採りが多数入山する。しかし、道がはっきりしないため迷う人が続出、遭難騒ぎが後を絶たなかった。

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なだらかな燧岳。中腹右に佐藤ケ平牧場が見える=1997年9月4日、大尽山山頂から
 そこで大間営林署は96年、風間浦口の三角点管理道を刈り払って、立派な登山道を開削した。人があまり登らない燧岳が急に身近なものとなった。

 以前から、山頂からの眺めが素晴らしい、と聞かされていた同村水産経済課の岩間貴志さん(35)は96年、出来たばかりの登山道を歩き初めて山項に登ってみた。感動した。「村にもこんないい山があるのか、と思った。ブナ林も素晴らしかった」

 この話を聞いた同課の中村秀夫課長(52)が中心になって「子供たちを燧岳に登らせたい」と97年から林業体験学習を計画した。

 同村は、村内の小学生を対象に田植え教室や水産教室を開くなど、地元産業と結び付けた体験学習に力を入れている。水産教室では「海と山の共存を教えている」(中村課長)。林業も加わったことで、農林水産業をすべてカバーすることになった。

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燧岳中腹の観光ナメコ園でナメコ採りを体験する子供たち=1997年10月28日
 林業体験学習は春、燧岳中腹にある観光ナメコ園でのナメコ菌植え付けとヒバ植裁から始まった。そして秋。参加したのは易国間、下風呂、桑畑の3小学校。「燧岳は寒暖の差、湿度、雷などナメコ栽培に適した山だ」というナメコ園経営者の嘉賀平治さん(73)の指導で早速、ナメコ採りに挑戦した。ブナの倒木にびっしり生えているナメコに驚いていた。

 続いて燧岳登山。登山口はナメコ園の近くで、標識が整備されている。この日のために営林署が刈り払った登山道をゆっくり登る。緩斜面のブナの森を30分ほど歩いて山頂に着いた。

 役場職員が山頂に組み立てたやぐらに登った子供たちは歓声を上げた。「すごい、すごい、やっほ−」。確かに素晴らしい眺めだった。北海道、大間崎、尻屋崎、太平洋、陸奥湾、釜臥山…。ぐるり360度の下北大眺望だ。

 子供たちは「なぜ落葉するの?」「なぜ山頂に大きな木が無いの?」と同行した農林事務所職員に質問責め。易国間小5年の坂本唯さん(10)は「景色がすごかった。登る途中、太いブナがいっぱいあり、びっくりした」と話してくれた。

 中村課長は「ナメコを見たのも燧岳登山も子供たちは初めてのようだった。その驚きぶりが伝わってきた。来年以降も続けたいと思う。今度はブナの植栽を考えてみたい」と初の林業体験学習に手ごたえを感じた様子だった。

<メモ> 南東斜面に佐藤ケ平牧場

 青森営林局はかつて、林業と畜産の振興のため燧岳南東斜面の佐藤ケ平に大畑肉用牛生産育成実験牧場を設けた。牧場は1978(昭和53)年に廃止されたが、県肉用年間発公社が引き継ぎ、低コスト生産を目指してヘレフォードを主体に放牧してきた。しかし牛肉自由化に伴い価格が下落、ヘレフォードの飼養は94年を最後に打ち切った。佐藤ケ平の牧場の規模は総面積46ヘクタール、うち牧草地21ヘクタール、林間放牧地16ヘクタール。

(1997/11/29 東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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