あおもり110山
(だいさくやま  776.3m  佐井村)
 
■ 魔性の一等三角点本点

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大作山山頂の一等三角点本点を見ながら「この石を見るため、全国各地から登山者が訪れている」と話す渋田さん=1999年6用12日
 青森県内でこの山の名を知る人は非常に少ない。山登りを趣味にしている人ですら大作山を知る人はあまりいない。登山道が無いからだ。

 にもかかわらず、全国からこの山を目指して佐井村を訪れる人が少なくない。全国レベルで考えると大作山はひょっとして、青森県内では八甲田、岩木山、白神岳に次いで知名度の高い山かもしれない。それは、大作山の山頂に地図作成のための三角測量の基本となる一等三角点本点があるからだ。一等三角点ファンは全国に多く、一等三角点の標石を追っているのである。

 一等三角点は全国に973点ある。一等三角点には本点、補点、基線の3種類あるが、中でも本点に人気がある。青森県内の本点は桑畑山、大作山、四ツ滝山、水ケ沢山、白神岳、岩木山、八甲田大岳、名久井岳、階上岳、石川台、高山、池ノ平−の12カ所。そのうち登山対象となるのは高山と池ノ平を除く十カ所で、大作山だけに登山道がついていない。

 佐井森林経営センター業務第二係長の渋田昌平さん(五七)は1990(平成2)年、4人で大作山に登山道をひらいたことがある。長野県の80歳の男性らが大作山に登りたい、と連絡してきたからだ。道がなければ無理、という気遣いからひらいたのだった。

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大作山山頂付近のブナ林=1999年6月12日
 その後も神奈川県の初老夫婦、秋田県のお年寄りの男性が訪れ、98年は神奈川県の中年女性が独りで山頂を目指しで迷い、青森県警のヘリコプターに救助されたこともあった。いずれも一等三角点狙いだった。また98年10月には東京のRCM(ロマン・カルチャー・マウンテン)という山のグループ約30人が登った。このほか県内の一等三角点ファンで大作山登山を目指したものの、途中で挫折した人が少なくない。

 RCMの会長は冨田弘乎さん(76)=電気工事技術講習センター参与。通産官僚だったが、広島通産局長を最後に50歳で退官、20年前から全国の一等三角点を目指して山に登り続けている。全国組織の一等三角点研究会の理事も務めている。98年の大作山は、冨田さんが仲間を誘って訪れたものだ。

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縫道石山山頂から見た大作山。濃い緑はヒバ、淡い緑はブナ=1999年5月15日
 冨田さんはこれまで約800の一等三角点を踏破している。大作山に登ったことで、青森県の一等三角点はすべて制覇した。「研究会の会員はみんな大作山の名を知っている。しかし、アクセスが遠く、登山道が無いため登った会員は20人ぐらいしかいない。それほど難しい山だ。全国の一等三角点の中でも難しさでは十指に入る。みんなの垂誕(すいぜん)の的のような存在だ」と話す。

 その大作山に登ってみた。途中まではブルドーザーの作業道跡をたどって進んだが、最後は背丈より高いササやぶこぎになった。山がなだらかなため、自分の位置を把握するのが難しい。これでは登山者が迷い、挫折するのもうなずける。

 ファンを引きつける魔性の石・一等三角点本点は山頂にさりげなく埋まっていた。もっとも三角点に関心の無い人には18センチ角の単なる御影石にしか見えないが…。

 これからも大作山を目指す人が全国から訪れるだろう。渋田さんは「遭難は困るので村と提携し、だれでも登れるように登山道を整備した方がいい」と心配そうな表情で語った。

<メモ> 県内初の三角点は階上岳

 一等三角点本点は、地形図を作る三角測量の最も基礎となるもので、約45キロメートル間隔で設置されている。青森県内の一等三角点の補点(約25キロメートル間隔)は燧岳、丸屋形岳、大倉岳、東岳、桝形山、馬ノ神山、釜臥山、吹越烏帽子、矢捨山、三ツ岳など12力所、基線は烏帽子岳、八幡岳など6力所。青森県内で最初に三角点が設置されたのは1897(明治30)年の階上岳。日本では1872年、東京に13力所設置されたのが始まりだ。

(1999/9/18 東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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