あおもり110山
(とわりさん 990.9m 新郷村・十和田湖町=現十和田市・秋田県鹿角市)
 
■ 有数のタケノコ産地

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タケノコを採る名人・田沢さん。ササやぶを潜るように歩き、すぐに見つけた=98年5月27日、十和利山山ろくで
 十和利山一帯は、県内有数のタケノコの産地だ。タケノコシーズンに十和利山を訪ねた。早朝なのに、あの広い迷ケ平の駐車場は既に満杯になっている。

 ササやぶのあちこちで、がさがさ音がする。タケノコを採っているのだ。やぶの中で声が飛び交う。リュックを膨らませた人々が続々下山してくるのと擦れ違う。みんな表情は明るい。

 登山道わきに、疲労困ぱいの中年女性が腰を下ろして休んでいた。麻袋はタケノコでぱんぱんに膨らんでいる。「午前と午後、2回採る。目標は60キロ」

 所々にラジオがぶら下がっている。音を頼りにやぶの中から戻るためだろう。2カ所で、ラジオの下に犬が座っているのを見た。ラジオが盗まれないように見張りをしているのか。この“ラジオ犬”はNHK第2放送の英会話講座を聴いていた。

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十和利山山頂から見た十和田湖=97年7月1日
 「タケノコ名人はだれか」。新郷村役場に問い合わせたら即座に答えが返ってきた。同村羽井内の農業田沢清幸さん(63)だ。その名人とササやぶに入ってみた。

 田沢さんは手際良く身支度を整えた。ゴム長靴、手製のスパッツ(靴に枝や葉が入るのを防ぐ)、腕ぬき、厚いゴム手袋。つばに綱をぶら下げた手製の帽子(綱はササから目を守る)をかぶり、ふろしきで頭を巻く。そしてヤッケを着て、フードをかぶる。「アリなど虫が体に入るのを防ぐため」。袋付きの前掛けを締め、背には麻袋で作った手製のリュック。これが“タケノコ採りルック”だ。「プロのタケノコ採りはみんな、こんな格好をしているよ」

 背をかがめ、ササやぶを潜るように歩き始めて間もなく、タケノコが見つかった。それも次々と。「どこで、いつごろ、どのようなタケノコが生えているのか知っている。どれだけ知っているかが勝負の分かれ目になる。場所を変えながら20日間ぐらい採り続ける」

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ピラミッド伝説もある正三角形の十和利山=98年5月27日、御鼻部山山頂から
 田沢さんがタケノコを採り始めたのは25年ほど前から。そして20年前から販売目的に採りだした。「田植えのあと、ニンニク掘りまで時間が空いていたので、土木作業をするよりはいい、と思って本気をだしてタケノコを採った」。1日当たりの“収穫量”は平均60−70キロ、多いときは90キロ採った。

 しかし、ここ5年は販売用に採っていない。「大根、白菜などの野菜をやるようになったから。タケノコの季節と野菜の種まき時期が重複するんだ」。今、販売用に採っている人たちは、三戸町や田子町のコメとニンニク・葉タバコという作付け体系の農家が多い、と田沢さんは言う。

 迷ケ平に、秋田県のタケノコ買い付け業者が大型トラックで来ていた。どっさり採った人々が次々に持ち寄って来る。引き取り価格は1キロ当たり約250円という。

 買い取ったタケノコは、缶詰や瓶詰用に長さ11センチにそろえて製品化されるため業者は、採る人たちに短くて太いものを採るように、と指導している。このため、集まって来るタケノコは見事に長さがそろっている。「ここのタケノコは良いものが多く採れる。製品化されたものは全国に流通し、料亭の食材になる」と業者。売上金を手にした人たちの笑顔が交錯する。十和利山一帯が1年中で最も活気づく季節である。

<メモ> 伝説に彩られている地域

 十和利山一帯は、伝説に彩られている。新郷村戸来野月にあるのがキリストの墓。1935(昭和10)年に突然話がわいて出た。処刑されたはずのキリストが日本に渡り、この地で長寿を全うした、という伝説で、いまはキリスト祭りまで開かれている。十和利山自体、日本最古のピラミッドと言われたり、同村戸来雨池の大石神がピラミッドとの伝説がある。戸来(へらい)の地名がヘブライをもじったもの、という説もある。

(1998/8/1  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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