あおもり110山
(おおぐろもり 719.3m 田子町)
 
■ 「創遊村」で町おこし

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手打ちそば初体験の女性を丁寧に指導する小笠原光浩さん(中)=99年4月15日、大黒森ふもとの創遊村で
 田子町の中心部から十和田湖への道を車で走ると、ほどなく左手にずんぐりした山が現れる。大黒森だ。ヤマツツジの季節であれば、中腹から上は赤く染まって見える。

 山頂近くまで車道が通っている。ツツジを楽しみながら散策道をすこし歩くと山頂に着く。一帯はツツジの赤一色だ。その数、約7万株といわれる。6月上−中旬のツツジ祭りになると、多くの観光客が訪れる。

 長い間、大黒森は田子町民が静かにツツジを楽しむ山だった。が、畜産団体などが牛馬などをまつるため20年前、山頂付近に神社を建立。神社まで車道が通ったため、見事なツツジを多くの人に見てもらおう、と町がツツジ祭りを始めてから大黒森は広く関心を集めるようになった。

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大黒森山頂一帯のヤマツツジの群落=98年5月28日
 大黒森が大きく変わったのは、1985(昭和60)年に策定された第三次田子町総合計画がきっかけだった。計画をつくるに当たって、役場職員によるプロジェクトチームが、新しいふるさとを築いていこう、と「タプコプふるさと村構想」(タプコプとはアイヌの言葉で“小高い丘”)に知恵を絞った。

 町を5つのエリアに分けてそれぞれの地域づくりの指針を示したが、大黒森一帯は「森のエリア」と位置づけられた。そして「大黒森のてっぺんからふもとまで“元気村”にしよう」と職員たちは張り切って考えた。その結果、シンボルとして、ふもとに創遊村をつくることになった。

 いま、大黒森には総合計画に基づき、次のような施設が張り付いている。

 ▽ウッドハウス(88年オープン=ステーキやバーベキューを食べる施設)▽創遊村(92年)▽ロッジ・カウベル(92年=宿泊施設)▽229ドーム(92年)▽229スキーランド(94年)

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大黒森の全景=97年5月30日、田子町椛山地区の主要地方道田子・十和田湖線から
 これらの施設の中核になっているのが創遊村だ。見て、聞いて、創(つく)って、遊んで、食べて、ふるさとを満喫し元気を取り戻す−がコンセプト。かやぶき屋根の民家を5棟移築し、それぞれを「語り部」「手打ちそば」「醸造」「山菜」「手焼きせんべい」のテーマ館にした。このほか、木工や陶芸の体験館もある。

 忘れられつつある田舎の生活を再現し、伝承していこう、という趣旨で、若者たちの定住の揚を確保する狙いもあった。県内の体験型町おこし村おこし事業のさきがけだった。田子町大黒森振興室長の山崎美代志さん(43)は「手探りで、常に軌道修正をしながら運営してきた」と振り返る。財団法人で運営し、11人の若者がその仕事を得た。

 最も人気がある、という手打ちそばの館を訪ねてみた。指導員の一人小笠原光浩さん(28)が女性を指導していた。田子高校卒業後、町外に勤めたが、創遊村ができたことでふるさとに仕事を得た。教え方が堂に入っている。すっかりベテランの雰囲気だ。

 94年度は4万人が訪れた創遊村だが、今は約2万人にとどまる。他町村が次々とレジャー施設を造りそちらに客足が流れたこと、ニーズが多様化していること−などがその原因として考えられている。が、山崎さんは「そんなことは言っていられない。一つひとつクリアしながらやっていきたい。創遊村や大黒森はすでに田子町の顔になっているのだから」と意欲的。田子町の挑戦はまだまだ続く。

<メモ> 水源の森百選に選ばれる

 大黒森ふもとの青比良水源地は1995(平成7)年、社団法人国土緑化推進機構が認定した「水源の森百選」に平内町外童子の「青垣の山」とともに選ばれた。同水源は、田子町の水道水の8割を賄っている。このほか八戸広域水道に水を売っており、三戸町で使われている。売水量は1日当たり1100トン、売上は年間6000万円。田子町役揚は「わき水で町内のほとんどを潤していることが評価されたと思う」と話している。

(1999/5/21  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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