あおもり110山
(はしかみだけ 740.1m 階上町・岩手県種市町)
 
■ 四季通してにぎわう

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なだらかな階上岳。牛が寝ている姿に見立て臥牛山(がぎゅうさん)とも呼ばれている=97年6月11日、階上町西鳥谷部から
 1998(平成10)年の正月、階上岳中腹にテントを張っていた。まだ薄暗いうちから、雪を踏み締めて人がどんどん登ってくる。その音で目が覚めた。冬でもこれほどの登山者でにぎわう山は、県内にはほかに無い。四季を通して親しまれているのが階上岳の大きな特徴だ。

 35年以上、階上岳に登り続けている階上町道仏の町役場OB有谷升さん(63)は、元日登山を始めて30年近くになる。

 「寺下観音にお参りしてから登るんです。山頂は、初日の出を見ようという人たち約100人でにぎわいます。太陽は岩手県種市沖方向から昇りますが、水平線からくっきりと昇ったのを見たのは、まだ5−6回。自然と手を合わせたくなります」

 階上岳には、1人で何回も登る人が多い。他の山と比べると回数はけた違いに多い。このため、山頂に行けば必ず顔見知りと出会う。こうして階上岳で知り合った人たちでつくったのが八戸山友会だ。会員は八戸市を中心に県内外522人。中心は50−60歳代で、3分の2は女性だ。98年で結成11年目を迎えた。

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階上岳山頂は四季を通していつも登山者でにぎわっている=97年5月18日
 同会健康登山の例会は水曜日と日曜日で、会が設定した20数ルートをそれぞれの脚力に合わせて歩く。花鳥渓谷沢登りルート、花園牧場ルート、熊ルートなどさまぎまな愛称を付けている。階上岳以外の山行も盛んで、年間70−80回も出掛けている。

 山友会の会長は元八戸市下長中校長の山本一好さん(75)。教員時代は登山の趣味は無かったが退職後、生きる目標を持とう、と登山を始めた。富士山登山30回、東北の山も登る−という目標を立て、そのトレーニングのため86(昭和61)年から階上岳に登り始めた。

 1年間の5分の2も階上岳に登るハイペース。「登山を重ねるうちに回数が気になってきました」。足慣らしのつもりで始めた階上岳登山だったが、それが大きな目標になった。そして93年9月1日、ついに1000回登山を果たした。

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ツツジまつりになると多くの観光客が階上岳を訪れる=97年6月11日
 が、それは通過点に過ぎなかった。その後も階上岳に登り続け99年10月10日、2000回を果たした。山本さんは「90歳になる前までには3000回の登頂を目指したい」と意気軒高だ。

 山頂の県境を隔て岩手県側は国有林、本県側は民有林になっている。本県側の多くは杉林に変わった。広葉樹林地帯は、奥の院ルートの中腹から上を残すだけとなっている。そこでは春になるとオオバナエンレイソウが群落を作って咲き、登山者の目を楽しませてくれる。

 長年、階上岳を見守ってきた有谷さんは「ショウジョウバカマ、クマガイソウが無くなり、シラネアオイは絶滅寸前。野生ランの仲間も危ない。炭焼きをやらなくなってから杉が植えられ、さらに林道が造られ、盗掘者が横行したため」と表情を曇らせる。

 なぜこんなに階上岳は人気があるのだろう。有谷さんは(1)気軽に登れる(2)登山時間が適度(3)ほどほどの汗がかける(4)夏も冬もさほど登山条件が変わらない−と健康志向に適していることを挙げる。

 そしてこう言った。「八戸周辺で気軽に登れる山は階上岳ぐらいしか無いのが一番の要因。八甲田や岩木山みたいな山が近くにあれば、そっちに多くが流れるはずです」

<メモ> 親しみ込め臥牛山の名称

 階上岳は、なだらかな山容を寝ている牛に見立て、臥牛山の愛称でも呼ばれている。また岩手県の人は種市岳と呼ぶ。一帯の学校の校歌にも歌われ非常に親しまれている。階上小、登切小、金山沢小では毎年清掃登山をしている。山頂尾根南肩の通称南岳からは、条件が良ければ岩木山が見える。96年の初冬、大開に大きな避難小屋が造られた。シーズンになると大開から上にはヤマツツジの群落が咲き、まつりも開かれる。

(1998/5/23  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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