あおもり110山
(さかさがわだけ  1183.4m  青森市)
 
■ イワナあふれた山上湖

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長いやぶこぎを終え視界が開けたら、横沼が目に飛び込んできた。右は横岳=1997年8月30日
 「逆川岳の下にある横沼に大きなイワナがいっぱいいるらしい。酸ケ湯温泉で放流したようだ」。そんなうわさを以前から耳にしていた。どんな沼だろう。訪ねてみることにした。

 城ケ倉渓流上流の酸ケ湯温泉発電所跡から渡渉し沢を登る。沢から急な尾根を登るとササやぶの台地に出る。やぶの中には細々と踏み跡道がついている。釣り人たちがつけた道なのだろうか。

 小さな湿地で踏み跡道は二手に分かれる。強烈なササやぶをこぎながら右手を登ると逆川岳の広い尾根に出る。尾根は湿地状態。8月下旬、キンコウカの花が終わりウメバチソウが咲いているところだった。湿地には踏み跡道がついている。それをたどっていくと、北側に青森市街地や陸奥湾が広がっていた。

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逆川岳山頂から見た北八甲田の眺めは抜群だ=1997年4月12日
 分岐点に戻ると、釣り人3人がやぶの中から姿を現した。初めてやって来たという。首から虫かごをぶら下げている。トンボやバッタが入っている。魚のえさ−横沼のイワナ狙いだ。「横沼まで案内しろ」。釣り人たちは焦った口調で言った。横沼に着くと、釣り人たちは歓声を上げ、ポイントに向かって行った。

 標高1,115m付近にある山上湖の横沼は静かに水をたたえていた。穏やかな櫛ケ峰が湖面越しに見える。沼の岸から見る横岳は意外な迫力で立っていた。

 「横沼で養魚をやるため酸ケ湯温泉がイワナとコイを放流した、と先輩社員から聞かされています。でも、だれが放流したのかは分からない」。酸ケ湯温泉専務の逢坂光夫さん(63)が話し始めた。

 逢坂さんが酸ケ湯温泉に入社したのは1953(昭和28)年。この年、同僚3人が横沼から釣ってきたイワナの量に仰天した。「リュックに入れた1斗缶(18リットル)がイワナで満杯。これに加えてバケツいっぱい釣ってきたんですから」。イワナはすべて尺もの(30p以上級)。形がそろっていた。

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逆川岳の北西斜面は緩やか。ブナ林を縫う春スキーが楽しめる=1997年4月12日
 2年後、逢坂さんは初めて横沼に行った。「湖面の上を飛ぶ虫を食べよう、と沼の至る所でイワナが跳ねていた。これほどいるとは思わなかった。それはそれは大変な光景だった」。釣りが趣味ではない逢坂さんだが、それでも約10匹釣った。

 このとき、横沼の岸に壊れた舟があったのを見ている。また、岸に打ち寄せられたコイも目撃、「コイを放流したという話は本当だったんだ」と実感したという。

 酸ケ湯温泉が会社を設立したのは33年。翌34年には省営バスが酸ケ湯まで乗り入れた。さらに36年に十和田湖・八甲田が国立公園に指定された。逢坂さんは推理する。「このころ、酸ケ湯は

かなり注目されたと思う。このため、お客さんに山らしい魚料理を、と養魚を試みたのではないか。放流はこのころだったと思う」。

 しかし、横沼のイワナは特別な客の食ぜんを飾ったかもしれないが、泊まり客に供されることはなかった。大きくなったイワナは釣り人の心を熱くさせ、やがて数が少なくなっていった。

 逆川岳には残雪期、黒石市沖揚平方面から登ると容易に山頂まで行くことができる。この時季、山頂から下を見ると、雪と氷に覆われた横沼が見える。沼の底では数少なくなったイワナとコイが眠っている。

<メモ> 72年閉鎖の水力発電所跡

 逆川岳のふもとを流れる渓流(城ケ倉渓流上流)に水力発電所跡がある。明かりを石油ランプに頼っていた酸ケ湯温泉が1940(昭和15)年に水力発電所を造った。59年に火力発電所を建設、66年と72年に火力発電所を増強し、水力発電所は72年に閉鎖された。その建物跡の一部が今も見られる。東北電力の電気が酸ケ湯温泉に引かれたのは83年のことだった。火力発電施設は、非常時自家発電用に残している。

(1997/12/27  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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