あおもり110山
(くしがみね  1516.5m  平川市=旧平賀町・黒石市)
 
■ 雪田の復元に取り組む

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櫛ケ峰山頂近くの植生復元状況をチェックする県自然保護課職員。植物が戻ってきているのが分かる=1998年9月4日
 南八甲田の最高峰。南北八甲田はもちろん、中弘南黒地方のかなりの所から、そのたおやかな姿を望むことができる。登山意欲をかきたてられる人が多いが、猿倉温泉から黄瀬萢の登山口までおよそ3時間もかかるため、北八甲田のように多くの登山者が訪れることはなかった。

 しかし、関係者の話を総合すると1977−78(昭和52-53)年ごろから、登山ブームに乗って櫛ケ峰を訪れる人が急に増え始めた。この影響を受けたのが、中腹から山頂にかけて広がっている雪田地帯だった。

 櫛ケ峰の広大な東斜面には雪が多く張り付き、遅くまで雪が残る。一面の草地は雪解け水をたっぷり含み、季節になるとイワイチョウ、ヒナザクラ、チングルマなどが咲き誇る。これが雪田といわれている湿原だ。

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優美な姿を見せる櫛ケ峰=1997年6月30日、旧道一ノ沢−黄瀬萢間から
 悠久のときを経てつくられた雪田は、破壊に弱い。多くの人が踏み付けるとえぐれ、多量の雪解け水や雨がその部分を浸食し、傷口を広げる。不幸なことに、櫛ケ峰登山道は雪田のど真ん中に形成された。そこが単に登りやすかったため、人が歩いているうちに自然に道が出来ていったのだった。えぐられた道が川と化すと登山者はそこを避けて別な所を歩き、新たに道が出来る−という悪循環を繰り返していった。

 環境庁自然公園指導員の針生倖吉さん(55)=青森市、東北電力勤務=は「昭和40年代から登山道が掘られ始めたのを確認している。そのころから気になっていた。登山者が増え始めてから、登山道の付け替えや植生復元の必要性をその都度、指導員報出口書に書いて環境庁や県に訴えてきた」と振り返る。

 同指導員の久末正明さん(46)=十和田湖町、民宿経営=も同じころ「登山道が2−3本に増えたり、雪解け水が山肌を崩し始めた個所も出るなど、これはまずい、と思った」と危機感を募らせた。そして83年ごろから環境庁や県の担当者に足を運んでもらい現状を認識してもらうとともに、文書で登山道の付け替えと植生復元を要望した。

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春スキーに人気の櫛ケ峰大斜面。この斜面が雪田といわれる=1995年4月29日
 これらを受けて県は93年に新登山道を尾根筋につくり旧登山道を閉鎖、同年度から植生復元事業を始めた。山頂から600m間の旧登山道にピートモスを詰めた麻袋を埋め込み水の流路にならないようにするとともに、植物が生える土壌基盤をつくった。

 植生復元は、周辺の植物の種子を採集し麻袋に挟めるように種まきする。これは県自然保護課の仕事で、毎年約2kgの種子を集めているが、大変な作業だ。しかし、そのかいがあって植物が復活し始めている。土砂流出も無くなり、登山口から雪田を見上げると、旧登山道は目立たなくなってきた。

 復元事業は98年度で終了の予定。だが、同課技師の山田幸永さん(29)は「これからも種子の採取と種まきは続けていくことになるだろう。そこにある植物を使って植生復元をしなければならないから時間がかる仕事です」と話す。

 櫛ケ峰保護を訴えた針生さんと久末さんは「工事はぎりぎり間に合った。たいてい取り返しがつかなくなってから着手するものだが、これはうまくいったと思う」と評価している。そして2人ともしみじみ言った。「壊すのはあっという間だが、元に戻すのには本当に時間がかかる」

<メモ> 自然保護に新たな課題も

 櫛ケ峰雪田の植生復元事業は順調に進んでいるが、新たな自然破壊が問題になりつつある。その一つは春スキーだ。櫛ケ峰山頂部分は雪解けが早く、ぬかるみ状態になる。スキーヤーはこれを避けて周辺のハイマツを踏み付けているが、環境庁自然

公園指導員の針生倖吉さんは「裸地化の原因になる。早めの対策が必要だ」と指摘する。二つ目の問題はスノーモービルだ。近年、横岳方面からの進入が目立っており規制が急がれる。

(1999/4/24  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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