あおもり110山
(こまがみね  1416.3m  十和田市=旧十和田湖町・青森市)
 
■ 多くの登山者が往来

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駒ケ峰を目指して緩斜面を登る春スキーツアー。背景の山々は北八甲田=1996年4月28日
 駒ケ峰は、南八甲田登山の通過点の色合いが濃い。夏であれば、猿倉温泉−猿倉岳−駒ケ峰−旧道−猿倉温泉の周回コースを楽しむ登山者が多い。また、駒ケ峰下の旧道は南八甲田では数少ないテント場で、夏山シーズンになれば、テントの花が咲く。

 残雪期は、櫛ケ峰登山の通過点と考えている人が多い。しかし、自分の体力を考え、駒ケ峰まで登って引き返す人も少なくない。このように駒ケ峰は、四季を通して、南八甲田の中では最も登山者の往来がある山だ。

 1999(平成11)年4月中旬、駒ケ峰山項を訪れた登山者の声を聞いてみた。

 東京から来た植田俊彦さん(55)京子さん(53)夫妻。山スキーにシールを張って睡蓮沼から登ってきた。北八甲田は5回以上登っているが南は初めてという。駒ケ峰に着いたら、京子さんが「疲れた」。俊彦さんはすかさず「ここから帰ろう。櫛ケ峰まで行きたかったけれど、山は逃げない。この次にしよう」。夫妻は山頂からの眺望に十分満足した様子。「駒ケ峰は休憩地点として非常にいい場所だね」と言い残し帰って行った。

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駒ケ峰下のテント場。夏山シーズンになるとキャンプする人たちでにぎわう=1998年7月5日
 植田夫妻とほぼ同時に駒ケ峰山項に着いたのが三沢基地から来た米国人3人。クロスカントリースキーで気軽に登ってきた。こちらも山頂で少し休んでから引き返して行った。最初から駒ケ峰登山が目的だった、という。

 埼玉県北川辺町から来た小堀和義さん(32)は猿倉岳から駒ケ峰にやってきた。「駒ケ峰の下まで来たら帰ろう、と思っていたが、駒ケ峰があんまりきれいな姿をしていたので山頂まで来てしまった」。無理をせず、テレマークスキーを楽しみながら駒ケ峰斜面を下っていった。

 以上は駒ケ峰で引き返した人たち。次に、櫛ケ峰登山の通過点として駒ケ峰を通って行った人たちを紹介する。

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猿倉岳−駒ケ峰間の登山道から見た駒ケ峰=1997年6月30日
 万徳清孝さん(45)=岩手県種市町=は、同僚の作田雄次さん(19)=八戸市=と山スキーで駒ケ峰山項を通過。櫛ケ峰に登り、滑り降りたあと、帰りに再び駒ケ峰山項を通った。「南八甲田に入るときは櫛ケ峰の斜面を滑るのが目的。だから駒ケ峰は単なる通過点。駒ケ峰山項に来ると 『櫛ケ峰まであと1時間か。近づいたなあ』と気持ちの区切りがつく」と万徳さん。

 長野県の山岳ガイド牛久保健二さん(52)に案内されて神奈川県大和市の高橋洋子さんと神奈川県相模原市の初老の男性が登ってきた。高橋さんと牛久保さんは97年、櫛ケ峰を目指したが、時間切れとなり駒ケ峰までで引き返した。今回は再挑戦。牛久保さんは、2人の余力を確かめながら「今日は櫛ケ峰まで行けるから頑張りましょう」と励ました。念願の櫛ケ峰山項を踏んだ高橋さんは「櫛ケ峰斜面の滑降は本当に気持ちが良かった」と大喜びだった。

 八戸市のハイキングクラブ「おこじょ」 のメンバーの高橋誠具さん(48)ら5人は駒ケ峰の北を巻いてまっすぐ櫛ケ峰を目指し、帰りに駒ケ峰山頂を通っていった。2週間後、多人数でくるためその下見という。「とりあえず櫛ケ峰を目指すが、ばてた人がいれば駒ケ峰山項に簡易テントを張り、そこで待機してもらうつもり」と高橋さん。

 駒ケ峰への接し方は人それぞれ。静かな南八甲田を存分に楽しもうという登山者の思いが駒ケ峰で交錯する。

<メモ> 「駒」のつく山全国に26山

 「山を楽しむ山名辞典」(東京新聞出版局)によると、日本に駒のつく山は、駒ヶ岳が15、駒ケ峰など駒の字がある山を含むと26山あるという。そのうち25が富山以北の東日本にある。駒が山名に使われる理由として、@山そのものに馬のイメージがあるA雪形を馬に見立てる−などが考えられている。東日本では、家畜として牛より馬が多く使われていたから、東日本に駒の字がつく山が多くある、とみられている。

(1999/6/5  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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