あおもり110山
(あかくらだけ  1298m  十和田市=旧十和田湖町)
 
■ クマゲラの森 どう守る

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赤沼の背後にそびえる赤倉岳。1990年6月、この湖面上空を飛ぶクマゲラが観察された=1997年10月1日
 南北八甲田の峰々の中で、入山者が最も少ないのが南八甲田の赤倉岳だ。赤沼を経てブナ林の中を進み、ササやぶをかき分けながらの登山道で人と出会うことはまず無かった。逆に、その静かなたたずまいを好む人もいる。が、近年の登山ブームで、赤倉岳の登山者も確実に増えている。

 その赤倉岳で久末正明さん(44)が国の天然記念物クマゲラを初めて見たのは1977(昭和52)年10月30日のことだった。久末さんは蔦温泉−黄瀬平−赤倉岳のコースが好きで、写真を撮るため通い続けていた。

 朝焼けの赤倉岳を撮影し下山を始めたときのこと。1羽の黒い鳥が「クィーン、クィーン」と鳴きながら飛んで来て30メートル先のブナの枯れ木に止まった。

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赤倉岳山頂から見た赤沼。周囲はブナ林で覆われている=1997年8月23日
 「雄のクマゲラだ」。このころ、秋田県森吉山でクマゲラが撮影された、というニュースが大きく報道されていたため、一目見てクマゲラと分かった。フィルムが1枚も残っていない久末さんは、じっと見つめるしかなかった。クマゲラは3分ほど休んだあと、鳴きながら飛び去った。この時から久末さんとクマゲラの付き合いが始まった。

 青森市出身の久末さんは、八甲田や十和田湖の自然に魅せられ84年12月、それまで勤めていた会社をやめて十和田湖町焼山に民宿を開いた。以来、八甲田・十和田湖の動植物の観察・調査に情熱を注いでいるが、その中心はやはりクマゲラだ。

 一帯は自神山地と違い、クマゲラの生息に適したブナ林の面積が極端に少ない。しかも確実に伐採されていっている。やむにやまれず久末さんは90年11月、青森営林局に 「南八甲田のクマゲラを守って!」と要請した。

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赤沼の水の流出口に設置されているヒバの「木えん堤」=1997年8月23日
 十和田湖町に移り住んでから営林局への要請までの6年間、南八甲田でクマゲラを約10回観察した。このうち赤倉岳・赤沼一帯の観察例はその半分を占める。「他に比べると赤倉岳・赤沼一帯に良い森が残っている、ということなのでしょう。でも、その面積は少ない」と久末さん。

 観察した中で印象的だったのは、90年9月12日の赤沼のほとりでのことだった。この日、民宿のお客さんを案内して昼ごろに赤沼に着いた。と、クマゲラが東から飛んできた。みんなの前、つまり湖面の上空を滑るように飛んで西側の森に入り、かなり長い間鳴き続けたのだった。

 「えーっ、あれがクマゲラなの?」と驚く人たちに久末さんは「一生懸命に調査しても人前に姿を出さないのに、このように飛ぶのは、環境悪化でよほど切羽詰まっているのでは…」と説明した。

 クマゲラ保護の要請が受け入れられ、青森営林局と三本木営林署は森林施業の際、久末さんに現場に足を運んでもらい、相談しながら行っている。その後、久末さんと林野庁森林総合研究所は91年に成鳥1つがいの営巣と雄のヒナの巣立ちを確認、93年にも営巣を確認した。しかし、それ以降の営巣は確認していない。

 「南八甲田東側9千ヘクタールに1つがいしか生息していないのではないか。クマゲラの住める森をつくると他の生物にとっても住みよい森になり、魅力的な国立公園になる。森を再生させ、野生鳥獣と共存できる環境づくりが求められている」。久末さんは真剣に訴えている。

<メモ> 赤沼の透明度全国3位

 赤沼から流れる赤沼沢に、ヒバの間伐材で造った「木えん堤」が6基設置されている。一帯は国立公国第1種特別地域に指定されているため、三本木営林署が景観を損なわないように、と管内のヒパで1983年に完成させた。

 環境庁が91年度に実施した全国の湖沼調査によると、赤沼の透明度18.2メートルは、(1)北海道・摩周湖の28メートル(2)同・倶多楽湖の22メートルに次いで全国3位だった。

(1997/11/8  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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