あおもり110山
(まえだけ  1251.7m  青森市)
 
■ 雪形が農作業の目安に

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菅江真澄著「すみかの山」(1796年)にある八甲田のスケッチ。左からカニのはさみ、牛首、種まきおっこの雪形が見える=秋田県立博物館所蔵の写本から
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青森市駒込月見野から見た八甲田。200年前と雪形はほとんど変わらない。雪形の説明は別図参照=1998年4月30日
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 山の残雪の形(雪形=ゆきがた)を見て農耕の時期を知る農民の知恵は、古くから全国にある。県内では八甲田と岩木山の雪形が知られる。

 藩政時代の紀行家菅江真澄は、著作「すみかの山」の中で八甲田の雪形をスケッチしている。今から約200年前、1796(寛政8)年のことである。

 記述の中で真澄は次のように書いている。

 「この峰に、種まきおっこ(老人)、カニのはさみ、牛の首などと名付けられた春の残雪が見える。苗代に種をまくころになると種まきおっこの姿が見え、カニのはさみが見えるころ田に水を引いてかきならし、牛の首になれば早苗をとって植えるという」

 驚くべきことに、雪形は真澄が見たときも今も全く変わっていない。種まきおっこは前岳、そしてカニのはさみと牛首は赤倉岳の北斜面に見ることができる。

 が、雪形を知る人は随分少なくなった。それは、稲作の育苗が早まったことに伴い田植え時期が早まり、雪形の出現時期と“農事暦”が合わなくなったことが大きな要因といえる。

 八甲田の雪形を知っているという今カセさん(85)を青森市矢田の自宅に訪ねた。「昔は皆、雪形のことを知っていたが、雪形が話題に上らなくなってから随分たつ」

 カセさんは「5月の節句に田でコピル(おやつ)を食べていたら、マンガ(代かきの道具)、牛、カニのはさみが山にさらわれていって雪形になった、と聞かされたもの。だから、節句に田をかけば駄目だ、と言われたものだ」と雪形伝説を教えてくれた。マンガは、牛首の右側にできる雪形だ。

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ブナの新緑と残雪が鮮やかな前岳=1997年5月28日、雪中行軍後藤伍長銅像近くから
 カセさんの弟の今潔さん(78)は「前岳の左斜面に棒のように残る雪形はサヘボ(代かきの馬を誘導する棒)といわれる。『田植えのころにカニのはさみ、牛首、マンガ、サヘボが出る』と言われ、農作業の目安にしてきた。カニのはさみの状態を見て、農業用水が多いか少ないか、を気にしたものだ」 と話す。しかし、カセさんも潔さんも、種まきおっこの雪形については聞いたことがない、という。

 雪形文化は消えつつあるが、伐採、植林、林道工事などで山の姿が目まぐるしく変わっている昨今、200年も変わらず雪形が見られるということは、八甲田のこの部分の山肌が200年変わっていないことを意味する。貴重なことである。

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ブナ林を縫って前岳の「銅像コース」を滑り降りるスキーヤー=1997年5月5日
<メモ> 人気の春スキーコース

 前岳には登山道は無いが、残雪期であれば山頂に登れる。そしてこの時期、田茂萢岳−前岳−銅像茶屋の3.6km(標高差620m)は「銅像ルート」として春スキーヤーに親しまれている。県職員の沢井安藝紀さん(50)は「ハ甲田の全コースを滑ったが、銅像コースが一番好き。負担なく手軽に滑れるのがいい。静かなブナ林間コースは気持ち良いし、ゴール近くまでずっと雪が残っているのがいい」と魅力を語っている。

(1999/3/27  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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