あおもり110山
(あかくらだけ  1548m  青森市)
 
■ 観光拠点ロープウエー

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スキーヤーを魅了する赤倉岳東側の大斜面。山頂は奥にある=1997年5月1日
 ゴールデンウイーク期間中、八甲田ロープウエー山頂駅で降りるスキーヤーの多くは赤倉岳山頂を目指す。八甲田随一の大斜面を滑るためだ。スキーを担いで一列縦隊になって登る人たちと一緒に歩いた。夏であれば山頂までは楽に登れるが、雪の斜面をスキーを担いでとなると、そうはいかない。

 汗をかいて山頂に着くと東側に、標高差約500メートルの大斜面が眼下に広がっていた。立木が無い真っ白な斜面。降り口に立つと、吸い込まれそうな感じになる。スキーヤーたちは一気に大斜面を滑り降り、ブナ木立の中に消えていく。山頂から箒場岱まで6.3キロ。八甲田最大の斜面と最長のスロープを楽しめる箒場岱ルートは、春スキーヤーの人気が高い。

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赤倉岳全景。大斜面の雪解けは遅い=1997年5月28日、十和田市大中台から
 途中、大阪西YMCA山岳会の一行6人と出会った。連休期間、八甲田、立山、乗鞍岳、白山などに出掛け春スキーを楽しんでいるという。八甲田には3年に1回の割合で訪れている。リーダーの坂田茂さん(44)は「八甲田が最高だ。他の山はスロープが短く、斜面に岩が露出しており危険。八甲田は、長いスロープが得られるし、安心してープが得られるし、安心して滑れるのがいい」と満足そうに語った。

 この箒場岱ルートを含め、北八甲田の主要なスキールートには竹のポールが点々と立っており、スキーヤーを誘導しているのに気づく。ガスや吹雪に包まれたとき、このポールが頼りになる。

 ポール立ては1957(昭和32)年1月の死者4人を出した遭難を契機に始まった。最初は青森スキークラブの有志が立てていたが、間もなく青森市観光課が中心になって長年設置、今は各種団体で組織する八甲田振興協議会が発注している。

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スキーヤーを誘導してくれる竹のポール=1997年5月1日、箒場岱ルート
 当初は主要2ルートに立てていたが、今は8ルート。これに伴いポールも当初の500本から1,200本に増えた。作業する人は、以前は市職員が主だったが、今は自衛隊、市職員、地元山岳会、機動隊など60人以上が従事する。

 作業は、大岳環状ルートなど西側は2月下旬から3月上旬、箒場岱ルートなど東側(裏八甲田)は3月下旬に、それぞれ3日くらいかけて行う。腰にポールを束ねて各ルートの上まで登り、そこから下りながら10メートル間隔で毎年同じ場所に立てていく。

 ポールの長さは6.3メートル。これほど長い竹は県内に無いため、市観光課が大分県から取り寄せている。

 市役所OBの中畑泰夫さん(63)は、60年から38年間、毎年欠かさず作業に携わっている。「68年にロープウエーが開業する前は雲谷付近から馬そりにポールを積んで酸ケ湯へ行き、そこからスキーで歩いて登ったので、大変だった」

 今はポールを1人10本くらい腰に束ねて登るが、当時は25本。6メートルのずっしり重いポールを引きずりながらスキーで滑るので、転倒者が続出した、という。スキーの裏に張るシールなど装備は、今と違って劣悪だった時代の作業。当時の苦労は容易に想像できる。

 が、今でも重労働に変わりはない。「特に箒場岱ルートの作業は赤倉岳の山頂まで登らなければならないのでつらい。でも、山が好きだから続けている。遭難防止に役立っていると思うと励みになる」。中畑さんは淡々と語った。

<メモ> 静かな深沢温泉口登山道

 赤倉岳は、ロープウ工ー山頂駅から大岳を目指す夏道の中間点にあたる。このため、通過点として扱われることが多い。だが、裏側のみちのく深沢温泉入り口付近から赤倉岳に登るルートは魅力的だ。同登山道は、登山口と山頂の標高差が南北ハ甲田の中では最大の約970メートルある。登山の時間は約3時間で、ブナ林の中を歩く時間が多い。登山中、人と出会うことはまずない。ボランティアが定期的に登山道の刈り払いをしている。

(1998/2/2  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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