あおもり110山
(またしろやま  142.1m  五所川原市)
 
■ 里山の風情を漂わせる

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のどかなたたずまいを見せる春の又白山=1997年4月28日、県道五所川原・金木線から
 山道を歩いていたら突然、ばさばさっと音がしてカルガモが飛び立った。イタチが走り去るのが見えた。くぼ地に小さな水たまり。羽を休めていたカルガモをイタチが襲おうとしたのだった。県立梵珠少年自然の家のすぐ下。4月下旬の又白山で繰り広げられた自然のドラマだった。

 この季節、厳しい生存競争とは裏腹に、山はのどかなたたずまいを見せている。シュンラン、カタクリ、キクザキイチリンソウ、スミレ類…。春の山野革が明るい林床で咲いている。前田野目川を隔てた東隣の梵珠山はブナ林で覆われているが、又白山にはブナは無い。ミズナラ、アカマツ、カシワなどが林をつくっている。まさに里山だ。

 それまで、何の変哲もない小高い山だった又白山は1971(昭和46)年、大きく変わった。山頂近くに少年自然の家が建ち、その隣のスキー場がオープン。ふもとには津軽フラワーセンターができた。3施設がほぽ同時期に姿を見せたのだ。

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又白山山頂からの眺望。正面奥に五所川原市街地を望む。右の建物は少年自然の家=1997年4月28日
 このときのいきさつについて当時五所川原市長だった佐々木栄造さん(77)は次のように述懐する。 「1954年の市制施行の際、記念として神山財産区から市に又白山付近17haの山林が無償で寄贈され、用途を考えていた」「少年自然の家建設地について県内6カ所から候補が上がった。市は寄贈山林に隣接する又白山を推したが当初、積雪地ということで劣勢だった。が、厳しい環境で子供たちを鍛えるべきだ、と主張し選定された」

 「スキー揚は市内に無かったため造った。フラワーセンターは津軽華子さんの名をもじり、仙台市の野草園をイメージした。津軽藩屋敷に梅が植えられ副収入にしていた、と聞いたので、農家のためここに梅林を造ろう、と考えた。一帯を都市近隣公園として整備しようと思った」

 今はアンズなど約10種類の梅の木が1,894本植えられ、春には「北限の梅まつり」が開かれてきた。

 少年自然の家は71年、第1号が全国5カ所に設置された。その1つが又白山だった。子供のためにさまぎまな事業を企画しているが、中心になっているのは集団宿泊訓練だ。小学6年のとき修学旅行に行くケースが多いため、5年生のときにここで1泊し、集団宿泊に慣れてもらおう、というものだ。利用校は津軽一円と東青が多い。

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又白山にひっそり咲くシュンラン=1997年4月28日
 同家社会教育主事の木村洋志さん(41)は「この山は、植物たちが一生懸命生きている、という印象だ。気持ちがいい山だ。梵珠山松倉神社口に通じる山道もあるので、又白山の自然に関心を持ってもらい、輪が広がればいいと思っているが、子供たちは山歩きや自然観察より、ゲームを取り入れたメニューの方を好む」と残念そうに語る。

 地元の人たちは、又白山に特別な意識を持っていないようだ。五所川原市神山のリンゴ農家葛西政芳さん(33)は「子供のとき、学校から帰ると毎日のようにスキー場に出掛けたものだ。ほかにやることがなかったからね。あのスキー場で開かれた市民大会で1等になったこともある」と思い出を語る。

 が、山への感慨を尋ねたら「朝起きたらそこにある山。子供のときからの当たり前の景色。地元の人は地元のことを気にしないんだよ」と少し困ったように話してくれた。

<メモ> 知られていない正式山名

 又白山は気の毒な山だ。地元の人ですら山名を知らない。少年自然の家は開所当時、県少年自然の家だったが1975年、県立梵珠少年自然の家に改称された。正式名の又白山ではなく東隣の梵珠山の名を使ったことについて関係者は「津軽では梵珠の方が通りが良いから」と言う。逆に梵珠山のビジターセンターには「県立自然ふれあいセンター」と梵珠山の名を外す逆転現象が起きた。このため両者への間違い電話が非常に多い。

(1998/3/14  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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