あおもり110山
(ちょうぼうざん  143m  青森市)
 
■ レジャーと施業が共存

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眺望山山頂で憩う本泉保育園の園児たち。眺望山の名とは裏腹に眺望は得られない=1998年9月1日
 登り始めたら間もなく、上の方で子供たちの元気な声が聞こえてきた。登るにつれ、声はだんだん大きくなる。追い付いた。青森市矢田前にある本泉保育園の園児たち25人だった。

 歩くよりドングリ拾いに熱心な子、カエルを見つけ歓声を上げる子…。子供たちの好奇心を満足させるのに十分な登山。園長の関千津子さん(69)は、そんな子供たちを優しいまなぎしで見守る。

 最近の子供たちが歩かなくなっていることに危機感を持つ関さんは、積極的に登山を取り入れている。「楽に登れる山というので来た。自然に触れ合う場として最適」と関さん。

 園児たちは山頂で休んだあと、キャンプ場で弁当を広げた。佐々木聡子ちゃん(6つ)と広田晴己ちゃん(5つ)は以前、親と一緒に登ったことがあるという。このように眺望山は親子連れなどのハイキングに広く利用されている。青森営林署は、年間約2万人が入山している、とみる。

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夏になれば山ろくのキャンプ場は、自然との触れ合いを求める人たちでにぎわう=1998年8月15日
 眺望山はもともと津軽藩の藩有林で、これを引き継いで国有林になった。1880(明治13)年までたびたび山火事被害にあい、地元の人たちは「焼山」と呼んでいた、という。

 うっそうとしたヒバ林に覆われた眺望山には古くから、林業関係者がヒバの天然施業を見るため訪れてきた。1918(大正7)年6月10日には農商務省山林局(現林野庁)の岡本局長が視察。山頂から眼下に広がる陸奥湾、青森市街地、周辺の山々の眺めの良さに感激し、眺望山と名付けた。

 レクリエーションの森というイメージが強い眺望山だが、森林施業も行われている。景観を損なわないようにヒバを択伐している。青森営林署長の小野博さん(54)は「眺望山一帯のヒバは良質で評価が非常に高い。県内外の神社仏閣建設に利用されている」と話す。

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ヒバ林の中を縫う登山道。よく整備されている=1998年9月1日
 忘れてならないのは、ヒバの試験林があることだ。ヒバの試験林としては、31(昭和6)年に設置された大畑町の薬研と三厩村の鋸岳の2カ所が知られているが、眺望山のそれは、これらより古い。

 まず、山の西南斜面にある「穴川沢ヒバ成長量試験地」は西田紀元氏が14(大正3)年と25年に計25ヘクタールを設定した。択伐を繰り返しながら、活力があり生産性の高い林をつくりあげるのが目的だ。これまでに6回手を入れ、当初の約2-3倍成長した。適度に伐採しているため林に太陽光線が入り込み、成長を促しているのだ。

 一方、山の西斜面には18年に約44ヘクタールの「保護林」を設定した。原則として禁伐とし、自然の成長に任せている。しかし、ヒバの純林で光線が林内に入り込まないため成長が鈍く、70年間にわずか1%しか成長していないことが分かった。小野さんは「択伐をうまくやれば、永続的に力強い林が維持できることが、この2つの試験林で証明されている。これからもレクリエーションの場と森林施業の場の共存をめざしていきたい」と話す。

 山頂に登った人は「眺めが良くないじゃないか。なぜ眺望山なんだ」と思うだろう。これは、山火事防止に努めた結果、木が順調に伸びたことによる。それを喜び、眺望は我慢することにしよう。

<メモ> 自然休養林の第1号指定

 林野庁は1968(昭和43)年、森林レクリエ−ションの需要増加に対応するため、自然休養林制度を設け同年10月、眺望山は全国10力所の森とともに第1号として指定された。これと同時に県は明治100年記念事業の一環として眺望山と梵珠山を「県民の森」に指定した。梵珠山は県が、また眺望山は青森営林署が主体になって整備している。同署は90年から5年間、約3億円をかけて眺望山の歩道などの施設を整備した。

(1998/11/7  東奥日報朝刊に掲載)本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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