あおもり110山
(あずまだけ  684m  青森市)
 
■ 光の洪水 息のむ夜景

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東岳山頂から見た青森市の夜景。海岸線のカーブが函館市の夜景を連想させる。中央の太い光の線は国道4号=1997年7月1日
 まっ暗やみの中を、ヘッドライトの明かりを頼りに一歩一歩登る。自分の足音と吐く息、それにかすかな沢の音しか聞こえない。

 東岳の山頂から青森市の夜景を見てみたい−。思い立ってから1カ月が過ぎた。が、その間、山はずっと霧に包まれ登山のチャンスはなかなかやって来ない。濃霧の合間を狙って2度挑戦したが、いずれも街の明かりはぽやけ、カメラのシャッターを切らず下山するしかなかった。

 今回(1997年7月1日)が3回目の夜の登山だった。ほぽ1カ月ぶりに濃霧注意報が解除され、樹間から街の灯がちらちら見える。気持ちははやるが、慎重に歩く。中腹から登りは急になるものの、市が1982(昭和57)年に整備した登山道はしっかりしており歩きやすい。

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東岳の全景。右上の茶色い部分が採石跡=1997年6月19日、青森市築木館から
 登山口から歩き始めて約50分。山頂から、期待通りの夜景が広がっていた。その光の量に圧倒される。ひと際日立つのは国道4号。ベイブリッジの街路灯もはっきり分かる。大きくカーブを描く海岸線は、函館市の夜景を連想させる。青森市の夜景は、青森空港の坂と雲谷からが絶景、といわれてきたが、東岳山頂からの眺望に比べると物足りない。

 東岳は、青森市の東部に位置し、休日になれば家族連れの登山者でにぎわう。市内の多くの場所から望まれ、市民に親しまれている。目立つ山ゆえに、西斜面の採石跡が見苦しい、という声が長い間、市民の間にあった。市議会でも取り上げられたことがある。

 東岳で採石が始まったのは20数年前のこと。20年前からは、青和建設(本社・青森市)が引き継いで採掘している。長年、採石ばかりに力を入れてきたが、93年からは、市街地から見える個所での採石はやめ、裸地を緑にする緑化復元事業にも取り組んでいる。よく見ると、裸地の上部がうっすらと緑色になってきているのが市街地からも分かる。

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緑化復元が始まった採石跡。上半分は既に終わり、これから下半分の作業が始まる。黒い部分nは土壌基盤を吹きつけた個所=1997年7月4日
 採掘している石は安山岩。「ここの石は固さ、比重、すり減りの少なさ−とどれをとっても非常に優れている。ペイブリッジ、青森空港、青森公立大学など青森市内の主要建造物や、高速道、一般道など生活基盤のコンクリート材に東岳の石が使われているんです」と話すのは同社社長の相内修さん(59)。

 しかし、採石跡が市民の関心を集めているため、自前で緑化復元を始めた、という。岩盤に金網を張ってから土壌を吹きつけイネ科植物の種子をまく、という手順。植物の成育が落ち着いたら、在来の植物が入り込むのでは、と期待する。

 緑化の目標面積は、斜面部分だけで9万5千平方m。全部終わるまでにはあと7−8年かかるという。

 「気が遠くなるような事業です。投げ出したくなります。でも、景観をこれ以上変えないようにしなければ…。自然の恵みを随分頂いたから、できるだけ早く緑化したい。今は、地域や環境を考えなければ企業が生きていけない時代なんです」

 相内さんは自分に言い聞かせるように言った。

<メモ> 山頂にマイクロ無線反射板

 登山道の終点は一般的に山頂とされ、マイクロ無線反射板があるが、一番高いところは山頂尾根の南端にある(最高地点までの道は無い。残雪期に登れる)。反射板は北海道電力函館支店のもので、同電力知内町アンテナと東北電力青森支店のアンテナを中継している。この回線は東京の中央給電指令連絡所まで延びており、電力量などのデータを常時同所に送信、電力融通の基礎資料に使われている。

 青森高校の校歌「無限の象徴」(横山武夫作詞)の冒頭にある「東嶺 岩木嶺 八甲田山秀づる山並…」の東嶺は東岳のこと。

本文中の、市町村名、人の年齢や肩書きは、取材当時のものです


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