2003年10月11日(土) 東奥日報 ニュース


■ 日中共同研究成果示すフォーラム

写真  県教委、青森市教委、東奥日報社でつくる日本・中国先史時代遺跡共同研究実行委(会長・佐々木高雄東奥日報社社長)と、中国社会科学院考古研究所が共同研究を進める内モンゴル自治区の興隆溝遺跡(約七千五百年前)で、栽培されたとみられる雑殻のアワの炭化種子が出土したことが十一日、北京市の北京飯店で開かれた北京国際フォーラム「先史時代の日中文化交流〜興隆溝遺跡の視点から〜」(同実行委と同研究所が共催)で明らかになった。

 これまでの出土例を千年近くさかのぼる「中国最古の栽培アワ」の出現で、発表者の趙志軍同研究所副研究員(植物考古学)は「七千五百年前の段階で初歩的な農耕が行われていた可能性が高い」と指摘。北日本の縄文文化を含む北東アジア先史時代の農耕の起源を考える上で重要な発見となった。

 栽培アワが見つかったのは、発掘初年度に当たる二〇〇一年に調査した十号住居。竪穴住居内のサンプル土壌を水洗い選別したところ、直径約一・五ミリの炭化種子六粒が確認できたという。

 日中共同研究で植物遺物を担当する趙副研究員が栽培アワと判断した理由は、その形と大きさ。野生のものに比べて、明らかに大型で、しかも丸く、人の手が加えられていることを示していたという。

 趙副研究員は「これで、アワの栽培化は七千五百年前までさかのぼることができるだろう」と説明。発見された栽培アワが六粒と少ない点については「当時は狩猟採集が主で、アワは主要な食料ではなかったのではないか」と農耕の初期段階にあった可能性を指摘した。

 また、日本側メンバーの西本豊弘・国立歴史民俗博物館教授(動物考古学)は八日に出土したばかりの犬の骨の重要性を強調。「骨格が小さく縄文時代の犬とよく似ている。これまで縄文犬の起源は南方と考えられてきたが、見直す必要があるだろう。犬は人間とともに移動する特性があるので、縄文文化の起源を考える上でも貴重な発見だった」と述べた。



 日中共同研究 日本の基層文化である縄文のルーツを探ろう−を合言葉に、2001年から3年計画でスタート。舞台となる興隆溝遺跡は、8千−7千年前に中国東北部に広がった興隆窪(こうりゅうわ)文化を代表する未発掘遺跡で、円筒土器や*(けつ)状耳飾りなど北日本の縄文遺跡との文化的関連性が指摘されていた。発掘の主体は中国側で、日本側は出土遺物の科学分析やGPS(衛星利用測位システム)測量などハイテク分野を担当。調査区は東西にA、B、Cの3つに分かれる。3年間の総発掘面積は約5千平方メートル。

※ 「*状耳飾」の*は「決」のさんずいが「王」へん

※写真=興隆溝遺跡をテーマに開かれた北京国際フォーラム

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