| 2001年12月16日(日) |
「三内丸山遺跡・縄文シンポジウム2001」が十六日、東京・有楽町の朝日ホールで開かれ、首都圏の考古学ファン約五百人が縄文文化の奥深さを堪能した。シンポジウムは、三内丸山遺跡の最新情報と縄文文化の研究成果を伝えるため、県と県教委が毎年開いており、今年で七回目。今回は「縄文遺跡大集合 北からのメッセージ」と銘打ち、三内丸山の発掘調査報告、県外の四つの縄文遺跡からの報告、パネルディスカッションの三部構成で開いた。 ディスカッションでは「縄文集落とその社会」をテーマに、岡村道雄・文化庁記念物課主任文化財調査官、能登健・群馬県埋蔵文化財調査事業団調査研究部長、阿部千春・北海道南茅部町教委埋蔵文化財調査室長、岡田康博・県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡対策室文化財保護主管の四氏と、飛び入り参加の佐原眞前国立民俗博物館長がパネリストとなって意見を述べた。 この中で、縄文人には人だけでなく、家や道具についても再生を願い、魂を送る哲学があったのではないかとの推論が出され、論議を呼んだ。 「焼いた土屋根住居が多く出土するが、これは家を焼いて、あの世に送る儀式をしたのではないか」「三内丸山遺跡で失敗した土器が焼かれているのも、既に魂が入っていると考え、焼いて送ったのではないか」などの意見が出た。 「われわれがごみ捨て場と言っているのは、実は死者と同じように、道具を埋葬した跡なのかもしれない」という見方も飛び出し、白熱した論議となった。 ※写真は思い切った推論が次々と飛び出したパネルディスカッション |