| 2001年9月27日(木) |
二十七日午後四時ごろ、青森市三内の国特別史跡「三内丸山遺跡」内に復元されたかやぶきの竪穴住居から出火、火は瞬く間に燃え広がり、同住居一棟(直径四・三メートル、高さ三メートル)約十五平方メートルを全焼した。出火当時、遺跡内には見学者など二百人ほどがいたが、けが人はなかった。青森署と県警機動捜査隊は同七時二十五分、非現住建造物等放火容疑で、同市奥野三丁目の無職の男(30)を逮捕した。現場は同遺跡東側に五棟ある一般竪穴住居群のうち西から二番目の住居。目撃者の話などによると、竪穴住居から煙が出ているのを県教委職員らが発見。警備員らと消火器で消火に当たったが、火の回りが早く、手の施しようがなかったという。 青森署などの調べでは、逮捕された男は同時刻ごろ、竪穴住居内に火を放った疑い。放火方法などは調査中だが、男の所持品にライターが含まれていたという。 「火が出る直前に住居周辺をうろついていた」という見学者の目撃証言から、署員らが遺跡内にいた男を任意で調べたところ、犯行を認めたという。男は市内の知的障害者施設へ入所中だった。 焼失した復元住居はクリ材の骨組みをカヤでふいた円すい型。一九九六年三月に完成し、見学者は内部に自由に出入りできた。被害額は約七百万円。復元住居の一メートル下にある住居遺構には影響がなかったという。 三内丸山遺跡内の復元建物は県が管理しており、遺跡内は禁煙。防火対策として、展示室や大型竪穴住居内などに消火器が設置されているほか、遺跡内を警備員が巡回している。 滋賀県から観光で訪れていた女性(51)は「激しい勢いで竪穴住居が燃えていた。三内丸山遺跡を初めて見て感動していただけにとても残念」と驚いた表情で話していた。 ※写真は猛煙を上げ燃える三内丸山遺跡の竪穴住居。右は火事の発生を緊急連絡する同遺跡の警備員(神奈川県相模原市・永田孝治さん撮影) ◇ 無防備だった国史跡
「最も安全であるべきはずの場所なのに…」。県教委三内丸山遺跡対策室の岡田康博主幹は、焼け落ちた竪穴住居の復元物を前に沈痛な表情でつぶやいた。二〇〇〇年十一月に、縄文遺跡としては四十四年ぶりに国の特別史跡に指定されたばかり。結果的には、放火という防ぎようのないことが原因だったが、安全管理面で課題を突きつけられた関係者のショックは大きい。出火当時、遺跡内には約二百人の見学者がおり、二人のボランティアガイドが案内に出ていた。 警備員は一時間から一時間半に一回の間隔で、二十四時間態勢で遺跡内を巡回している。火事の前は午後三時から三十分かけて見回ったが、異常はなかったという。 出火直後、現場から百五十メートル離れた展示室から駆けつけた岡田主幹は「消火器だけでは手の施しようがなかった」と振り返る。
同遺跡は発掘現場を間近にリアルタイムで見ることができる縄文最大の集落遺跡として知られ、これまで国内外から訪れた見学者は二百八十四万人を超える。不特定多数の人が訪れる場所だけにトラブルも多く、大型掘っ立て柱建物跡の木柱に名前が刻み込まれたり、展示室のジオラマが壊されたり、最近では竪穴住居の一部が傷つけられたりと、心ない見学者によるいたずらが度々あった。 遺跡への入り口には禁煙、たき火厳禁などを注意する看板はあるが「喫煙者はよく見かける。ガイドもやんわり注意することもあるが、大勢の人がいる時は目が届かない」とガイドに当たる三内丸山応援隊の隊員はこぼす。 遺跡の発掘を続けている県教委は「多くの人に感動を与えている貴重な遺跡だけに大変残念。今後は県土整備部とともに万全を期して保存管理していきたい」と話す。 しかし、だれもが自由に見学できるオープンさを維持しつつ、国特別史跡としての遺跡保護と施設の安全をどう確保していくのか−。今回の火事が関係者に問い掛けたものは大きい。 ※写真は全焼しクリ材の骨組みを残すだけとなった竪穴住居に放水する消防関係者=27日午後4時52分ごろ。 |