2001年7月12日(木) 東奥日報 ニュース


■ 興隆溝遺跡日中共同調査スタート

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 【北京市で斎藤光政本社記者】県教委、青森市教委、中国社会科学院考古研究所、東奥日報社の四者による日中共同調査(実行委事務局・東奥日報社)が中国内モンゴル自治区の興隆溝(こうりゅうこう、中国名・シンロンコ)遺跡で始まった。調査期間は三年で、中国東北部の発掘調査に海外の研究チームが直接かかわるのは戦後初めて。はるか七千年前、日本列島北部と大陸の間に存在したとされる壮大な文化の道「北の回廊」のなぞを解く扉が大きく開かれた。

 初年度に当たる今年の調査面積は千二百平方メートル。同遺跡は中国社会科学院考古研究所と同実行委の事前調査によって、百軒程度の大集落であることが確認されており、住居群は東西方向に大きく三つに分かれる。今年はそのうち最も東寄りのグループ(約十二軒)を発掘調査する。

 調査着手に当たっては、県教委三内丸山遺跡対策室の岡田康博主幹と中国側責任者である同研究所の王巍副所長、現場リーダーの劉国祥副研究員が現地で重点発掘個所の確認と基礎測量を行った後、七日から約二十人態勢で発掘を始めた。

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 現在は、遺跡を覆っている表土を取り除く作業を行っているが、「層が薄く、黄土で掘りやすい」(岡田主幹)ため順調に進み、地表の十五センチ下の部分から九軒分の住居跡を示す黒っぽい土の層が姿を現し始めた。

 住居跡は最大で七メートル四方ほどで、一部からは出入り口とみられる部分も出土。また、住居以外の部分から「北の回廊」の特徴の一つとされる細石刃(さいせきじん)の石核(せきかく)や長さ十センチほどの石刀、土器片、動物の骨片が出土するなど、今後本格化する発掘調査へ期待を抱かせている。

 九日には実行委会長の佐々木高雄東奥日報社長と事務局長の塩越隆雄編集局長が現地を訪れ、岡田主幹と劉副研究員から今後の調査の進め方などの説明を受けた。

 日本側調査団は九月の発掘終了まで二回にわたって現地に入り、住居跡などから出土する動植物遺物の科学分析やGPS(衛星利用測位システム)を使った最新の測量などハイテク分野を担当する。発掘主体は中国社会科学院考古研究所だが、日本側は住居跡の精査作業にも加わる。

 三年間の調査では、三内丸山など縄文遺跡との文化的関連性はもちろん、縄文研究上の重要テーマである農耕の有無、家畜の起源の解明が大きな柱となる。発掘調査着手に立ち会った岡田主幹は「日本人が中国東北部の発掘調査にかかわるのは画期的な出来事で感慨深い。遺跡自体も保存状態が素晴らしく、縄文のルーツを探る大きな手掛かりになるのではないか」と話している。

 また、王副所長は「共同調査を通して科学としての考古学を確立し、今後の中国国内での調査モデルをつくりたい」と期待を寄せている。

※写真は姿を現し始めた住居跡の発掘を指示する劉副研究員(真ん中左)と岡田主幹=10日午前、興隆溝遺跡

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