2000年12月16日(土) 東奥日報 ニュース


土偶の特徴持つつぼ形土器出土
使用済み核燃料、茨城を出港[共同]


■ 土偶の特徴持つつぼ形土器出土

写真  八戸市教委文化課は十五日、同市内丸の遺跡・八戸城跡から約二千二百年前、弥生前期のものとみられる土偶の特徴を持った特異なつぼ形土器が出土したと発表した。国内ではこれまで類例がなく、縄文から弥生への文化・祭祀(さいし)移行を考える上で極めて貴重な出土品と注目される。

 つぼ形土器は平たい逆三角形で高さ一六・二センチ、底の直径が六センチ、胴部(肩部)の最大幅が二五・一センチ。十月初旬、弥生時代の竪穴住居跡から見つかった。住居跡は直径約五・五メートルの円形で中央に炉があり、火災を受けた痕跡が見られた。この土器は炉と北西壁の中間の床面から正面を上に出土。さらに炉から土偶が、南壁近くからはかめ形土器も出土した。

 首などを除いて刺突(しとつ)文と呼ばれる、棒などで突いた穴が開けられ、胴部正面には粘土ひもの文様(隆帯=りゅうたい)と細い溝(沈線=ちんせん)が、裏側には沈線だけが施されている。全体の形やこれらの特徴は、東北北部における同時期の土偶に極めて似通っている。また赤い付着物が見られることからもともと、全体が赤く塗られていたと考えられる。

 注目されるのは、縄文文化の本質にかかわる祭祀用具とされる土偶の特徴を、実用品のつぼに採り入れている点。工藤竹久・文化課副参事は「儀礼に使う特殊な液体などを入れたのでは」とみる。また、この土器が火を受けた住居からほぼ完全な形で見つかったことから、火に関する儀式に使われた可能性もある。

 縄文・弥生時代に詳しい須藤隆・東北大文学部教授は「この時期はまだ土偶も残っており、文化が縄文から弥生へ受け継がれながら、多様化していることを示すのでは」と話している。

※写真は、八戸城跡から出土した、土偶の特徴を持つつぼ形土器




■ 使用済み核燃料、茨城を出港[共同]

 日本原電東海第二発電所(茨城県東海村)の使用済み核燃料十一トンを積んだ輸送船六栄丸(四、九一三トン)が十六日午前、六ケ所村の日本原燃再処理工場に向けて東海村にある専用港を出港した。十九日には六ケ所村に運び込まれる。核燃料サイクル政策の中核となる再処理工場での処理を前提とした初の「本格搬入」。同政策の先行きが不透明な中で、再処理工場稼働に向け一歩前進となる。

 六栄丸は午前九時すぎ、同発電所専用港を離れた。十六日夕方に東京電力福島第二原発の専用港に到着。同原発で十七日に使用済み核燃料十三トンを積み、十八日朝に出発。合計二十四トンの使用済み核燃料は十九日午前中に六ケ所村のむつ小川原港に入港する予定。

 全国の電力各社は原発稼働に伴って増え続ける使用済み核燃料対策に苦慮している。東海第二発電所でも、使用済み核燃料の貯蔵プールは来年半ばにもいっぱいになる見込みで、新たに乾式貯蔵施設を建設するなどの対策に追われている。

 六ケ所村再処理工場は二〇〇五年七月に操業開始予定で、現在、日本原燃(青森市)が建設中だ。

 日本原燃は今年十月に県と六ケ所村、十一月には周辺自治体と安全協定を結び、本格搬入への条件整備をしてきた。

 ◇

 使用済み核燃料の六ケ所村再処理工場への本格搬入は、全国各地の原子力発電所で行き場を失った使用済み核燃料を「救済する」、一時保管の役割が大きい。

 十六日に搬出された東海第二発電所、十七日に船積み予定の福島第二原発では、構内の貯蔵プールは使用済み核燃料でパンク寸前だった。浜岡原発(静岡)川内原発(鹿児島)などもひっ迫した状態だ。

 再処理工場の貯蔵容量は三千トン。再処理の開始目標である二〇〇五年七月時点で千六百トンの使用済み核燃料を受け入れる計画。

 年間八百トンを再処理できるというが、全国の原発で発生する使用済み核燃料は年間九百トンとされ、再処理能力を上回る。貯蔵プールがいっぱいになるのは時間の問題だ。

 こうした中、国は中間貯蔵施設をつくって、あふれそうな使用済み核燃料を収容する方針だ。既に本県では、むつ市が中間貯蔵施設の誘致へ向けた技術調査に名乗りを上げた。ただ、全国的に見れば貯蔵施設受け入れの動きは例外的だ。

 原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「実際に再処理がどれだけ進むか見えない中で、今同の搬入の実態はその場しのぎの中間貯蔵。ほかにも中間貯蔵施設が必要になり、将来は半永久的な貯蔵施設になりかねない。そこに多くの国民の不信感がある」と指摘する。



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