2000年11月30日(木) 東奥日報 ニュース


核燃中間貯蔵施設の“誘致表明”
科技庁がITERの立地条件案示す
八戸で縄文是川フォーラム開催


■ 核燃中間貯蔵施設の“誘致表明”

写真  国内の原子力発電所から出る使用済み核燃料を保管する中間貯蔵施設について、むつ市の二本柳雅史助役ら市幹部が二十九日、東京都内の東京電力本社を訪ね、同市での立地可能性を探る技術調査実施を求める要請書を提出した。電気事業者への同調査実施要請は全国で初めてで、事実上の誘致表明といえる。同市の要請を受けた東電は、具体的な立地候補地絞り込みの検討作業に入り、候補地が決まり次第、同市に結果を報告する。

 要請書は、東電の南直哉社長あての杉山粛むつ市長名による文書。同市が施設誘致に乗り出した理由について(1)同市は旧原子力船「むつ」の使用済み燃料保管の実績がある(2)市として国のエネルギー政策に協力する(3)国の交付金など恒久的な財源を確保する−などを挙げた。

 二本柳助役から要請書を受け取った東電の二見常夫常務取締役立地環境本部長は「核燃料サイクルの柔軟性確保へ、リサイクル燃料備蓄センター(使用済み核燃料中間貯蔵施設)立地を実現したい。要請については早急に検討し、返答したい」と答えた。

 要請後、二本柳助役は「市長は施設の安全性に絶対的な信頼を持っており、調査対象の候補になり得るという自信がある」とした上で「今日の要請が(誘致活動の)スタートになる。(手ごたえは)良かった」と述べた。

 一方、二見立地環境本部長は「施設立地の候補地は検討中」とし、むつ市への返答や調査開始の時期は明言しなかった。しかし、同市での調査実施の可能性については「(旧原船むつの使用済み核燃料保管の)実績がある」と前向きな見方を示した。

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<解説> むつ市が、使用済み核燃料中間貯蔵施設誘致に向けた立地可能性調査の実施を東京電力に要請した背景には、同市の財政ひっ迫と、電気事業者にとって貯蔵施設の立地場所確保が至上命題−との事情がある。同市と東電の利害は、まさしく一致する。

 むつ市はここ数年、経営難のむつ総合病院に拠出する年間八億円以上の負担金などで危機的財政が続いており、財政再建準用団体への転落も危ぶまれる状態だ。仮に同施設が立地すれば、市は電源三法交付金など年間二十億円超の歳入を見込める。杉山粛市長は「調査要請が立地に即結び付くものではなく、ましてや誘致と財政再建は別」と言うが、巨額の歳入が魅力的でないわけがない。

 一方、国内で発生する年間九百トン以上の使用済み核燃料は各原発の貯蔵プールに保管される。しかし、年間八百トンの処理能力を持つ六ケ所再処理工場が稼働しても、二〇一〇年ごろには使用済み核燃料が貯蔵プールからあふれ、原発の運転にも支障を来しかねない。原発敷地外に保管できる中間貯蔵施設の確保は、電気事業者の喫緊の課題だ。

 杉山市長は十月、市民団体の誘致反対申し入れに対し、むつ病院で住民が十分な治療を受けられるよう、財政再建を急ぎたい−と、率直な思いも漏らしている。その意味では、中間貯蔵施設誘致は苦肉の策なのだが、見方によっては性急な「穴埋め」策に走ったのではないか、との批判も免れそうにない。

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使用済み核燃料中間貯蔵施設

 国内の原発から出る使用済み核燃料を、再処理するまで一時的に保管する施設。通産省の資料では、貯蔵容量約五千トン、敷地面積約十ヘクタールと想定。国内の原発で採用しているプール方式ではなく、キャスクと呼ばれる放射線遮へい容器に収納する乾式貯蔵で、約五百基を保管する。二〇一〇年に全国数カ所の中間貯蔵施設の操業開始を目指しているが、立地候補地は決まっていない。

※写真は東電の二見立地本部長(右)に立地可能性調査実施の要請書を手渡す、むつ市二本柳助役



■ 科技庁がITERの立地条件案示す

 県、六ケ所村がむつ小川原開発地域への誘致を目指しているITER(国際熱核融合実験炉)について、科学技術庁は二十九日までに、運転や廃炉に伴って発生する数万トンの放射性廃棄物は立地地点で処分される可能性が強いことを明らかにした。燃料となる放射性物質トリチウム(三重水素)は年間一−二キロ輸送・使用される見通し。科技庁が原子力委員会に提出した報告書「ITERサイト国内調査条件(案)について」に盛り込んだ。同庁は、これら処分や輸送に地元の理解と協力が不可欠だとしている。

 報告書は、国内候補地を選定する上で必要な調査項目をあらかじめ整理したもので、設計の進ちょくや専門家の意見などを踏まえて今後、見直されるという。県は「科技庁から具体的に聞いていないので、対応などはコメントできない」としている。

 ITERからは高レベル放射性廃棄物は発生しないが、核融合反応で作り出された高エネルギーの中性子により放射能を帯びた炉壁が低レベル廃棄物となる。

 科技庁は地元に必要な理解と協力として「運転期間中、年間一−二キロ程度のトリチウムの輸送および使用が行われること」「運転およびデコミッショニング(廃炉)により発生する数万トンオーダー(規模)の低レベル放射性廃棄物の処理・処分が行われうること」との二項目を明記した。

 このほか(1)国際線に連絡している空港が合理的な連絡時間内に位置している(2)権利がはっきりした七十ヘクタール(標準施設配置四十ヘクタール、一時使用三十ヘクタール)の用地(3)地下二十五メートルの地点で、一平方メートル当たり六十五トンの重さに耐える安定した地盤−などを建設地の条件として挙げた。ITERは日本、欧州、ロシアが共同で進めている計画。日本政府は来年二月ごろ、国内への誘致を表明する見通し。国内で誘致に名乗りを上げているのは六ケ所村、苫小牧市(北海道)、那珂町(茨城県)の三カ所。




■ 八戸で縄文是川フォーラム開催

写真  東奥日報社と八戸縄文保存協会主催の「是川遺跡発掘八十周年記念・第三回縄文是川フォーラム」が二十九日、「縄文の匠(たくみ)が育(はぐく)んだ漆の美」をテーマに八戸市公民館で開かれた。考古学ファンらが深紅の漆を通して浮かび上がる、縄文人の社会と高い技術に思いをはせた。

 主催者を代表して佐々木高雄・東奥日報社社長が「是川は縄文の最後を彩る、非常に奥行きの深い遺跡。皆さんと一緒に知識を深めていきたい」とあいさつ。八戸縄文保存協会の栗村知弘会長が「是川遺跡をどう位置付けるかは市民の大きな課題」と述べた。

 今年発掘が行われた是川中居遺跡について、同市教委文化課の宇部則保主任主査が報告。(1)中居地区の新たに見つかった沢を含む二本の沢から、縄文晩期初めごろ(約三千年前)の多数の漆塗り木製品が出土した(2)中居地区「北の沢」のトチの実の層から、先端が分かれた柱状の加工材が見つかった(3)長田沢地区から縄文晩期中ごろ(約二千五百−二千六百年前)の土器や土偶、さらに漆をこしたとみられる布などが多数出土した−などと成果を披露した。

 さらに今後の発掘について「遺跡内部の人の移動が見えてきた。今後、当時の人々の暮らしについて明らかにしていきたい」と抱負を語った。

 国立民俗歴史博物館の永嶋正春助教授は「漆の技から縄文文化を見る」と題して基調講演し「漆は木の栽培から加工、土器製作に至る高度な技術の存在を保証する。是川からは漆こしの布も出土しており、在地の完全な技術があったことがうかがえる」などと強調した。

 江坂輝弥・慶応大名誉教授は基調講演で中国、韓国などの漆文化と日本を対比しながら「縄文前期ごろ、耳飾りの形の変化が中国と日本とで似ている。漆の技術が中国伝来のものか、日本独自のものか、興味深い問題」などと語った。

 続いて栗村氏を司会に江坂氏、永嶋氏、宇部氏がパネルディスカッションを行った。

 宇部氏は発掘の出土品について「大型の土器は赤い顔料にベンガラ(酸化鉄)を、小型のくしや腕輪は水銀朱を使うなど、使い分けがみられる」と報告。永嶋氏は漆を扱ったのは特殊な職能集団だった可能性を指摘したが、江坂氏は「大部分の縄文人は漆に免疫ができていたのでは」との見解を述べた。

※写真は第3回縄文是川フォーラムで漆技術をめぐり討議する講師ら=八戸市公民館


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