2000年9月9日(土) 東奥日報 ニュース


■ 八戸・是川遺跡からY字状木製品

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写真  八戸市教委が発掘を進めている是川中居遺跡から八日までに、祭祀(し)用施設の柱とみられる木製品が出土していることが分かった。同日、同遺跡を訪れた山田昌久・東京都立大助教授が指摘した。縄文時代の木製品に詳しい山田助教授は、さらに大量の加工材とともに出土していた「く」の字形木製品について「形などから櫂(かい)とみられる」とした。縄文晩期で住居以外の建築部材の出土例は全国的に珍しく、また県内ではこれまでに櫂と特定された縄文の遺物は見つかっていない。

 柱とみられる木製品が出土したのは同遺跡・中居地区発掘現場の北側にある沢の北側斜面。八月下旬に一部が出土し、発掘区域にかかる部分が八日までに掘り出された。

 木製品は直径が三十−五十センチ程度で、露出している部分の長さは約一メートル。先端はY字状に分かれ、一方の端はなくなっているが、残った端には凸状に加工した跡がある。また、端から七十センチほどの部分は環状にえぐられている。

 山田助教授は「少なくとも普通の住居用の柱ではない。太さからみて、祭祀用など特別の建物の柱ではないか」と指摘。Y字形の部分で梁(はり)を受け、ひもで固定するために、その下の部分をえぐったのではないかと分析し、全体を掘り上げて精査する必要があるとしている。

 この柱に類似する梁状の木製品は、縄文後期では北海道の忍路土場(おしょろどば)遺跡から出土している。また、同じく祭祀用とみられるものとしては、同中期の富山県桜町遺跡がある。

 縄文時代に詳しい須藤隆・東北大教授によると「北陸には巨大木柱遺構が見られるが、特殊な建物の建築部材は、晩期では非常に珍しい」という。

 また、「く」の字形の木製品について、山田助教授は「櫂が使っている最中に曲がったか、放棄された後で水圧変化などにより曲がったのでは」と分析。「作りかけの櫂」とみている。

 このほか同日、柱状木製品の近くから約三千年前のものとみられる直径約四十センチ、高さ約十センチの木製鉢も出土した。底が欠けた状態で、漆は塗られていないが、同遺跡では初の出土例とみられる。

※写真(左)は祭祀用建物の柱である可能性が指摘される木製品
※写真(右)は縄文時代の櫂とみられる「く」の字形の木製品


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