| 2000年6月9日(金) |
日本原燃(本社青森市)は八日、生産運転を四月に停止させた六ケ所ウラン濃縮工場の生産ライン(カスケード)の一つ「RE−1A」を分解調査するために、設計・工事方法の認可を科学技術庁に申請した。分解調査は遠心分離機の停止原因を明らかにするために行うもので、認可を受け次第着手し、本年度中に終了したい考えだ。 六ケ所ウラン濃縮工場には生産ラインが七系統あるが、今年三月末現在で七千四百三十八台の遠心分離機が停止している。このうち、RE−1Aは四千二百四十台と全体の五七%を占め、電力会社から委託されたウラン濃縮度を維持できない恐れが出てきたために生産運転を停止させた。 同社は、モーターの発熱の影響で温度が高くなった遠心分離機の回転胴にウラン化合物が付着し、回転胴がバランスを崩したことが遠心分離機の停止原因と推定しているが、正確な原因は分からなかった。 分解調査は、健全な遠心分離機と運転中に停止した遠心分離機の比較検討ができるように八台を対象に行う。遠心分離機の配管切断や分解を行い、ウラン化合物の付着状況を観察するとともに、部品の状態についても確認する。必要があれば、ウラン濃縮原型プラントがある核燃料サイクル開発機構人形峠環境技術センター(岡山県)に部品を持ち込んで詳細な調査をする。 六ケ所ウラン濃縮工場の生産能力は年千五十トンSWU(分離作業単位)で、原発約九基分の濃縮ウランを供給することが可能だが、RE−1Aの停止により生産能力は九百トンSWUに低下している。
八戸遺跡調査会が調査を進めている八戸市の是川中居遺跡・長田沢地区の発掘現場から、九日までに弥生時代後期(約千九百年前)の土器片が出土した。同遺跡は日本を代表する縄文晩期の遺跡として知られているが、断続期間を挟んで弥生後期にも付近に人が居住していたことを示す遺物と考えられ、遺跡の性格を見直す手掛かりとなりそうだ。弥生後期の土器片は調査区域の中央部、地表から約三メートル掘り下げた層から出土した。すぐ下には川原石状のれきが面状に出土しており、土器片がたい積した当時は川底またはそれに近い環境だったと考えられる。 土器片自体は直接、調査区域に捨てられたのではなく、洪水などによって上流部から運ばれてきたと推測される。しかし摩滅が少ないため「それほど長い距離を運ばれてきたとは考えにくい」(工藤竹久・八戸市教委文化課副参事)ことから、是川中居遺跡の近くに弥生後期、人が居住していたことを示すとみられる。ただ現時点ではこの時期の遺構が見つかっていないので、今後の調査の進展が期待される。 是川中居遺跡は縄文晩期を代表する遺跡として知られる。一帯ではこれまでに縄文時代草創期(約一万二千−八千年前)から弥生前期(約二千三百年前)までの遺物が出土する一方、奈良・平安の遺物も出土していた。弥生後期の遺物が見つかったことで、遺跡一帯の“空白期間”が狭められることになる。 また同市教委文化課によると、是川中居遺跡の西側に隣接する一王寺遺跡(縄文前期−中期)で過去に弥生後期の土器片が見つかっている。是川中居遺跡で見つかった弥生後期の土器片は、是川中居・一王寺遺跡を含む一帯の変遷について考え直す資料ともなりそうだ。 ※写真は是川中居遺跡、長田沢地区から出土した弥生後期の土器片 |