2000年5月25日(木) 東奥日報 ニュース


■ 是川中居遺跡で太古のヨシ原出土

写真  泥炭に浮かぶ縄文への扉・太古のヨシ原…。八戸市の是川中居遺跡・長田沢地区の泥炭層で、ヨシらしい植物が層状に現れた。その下からは縄文晩期の土器が出土していることから、「是川びと」が姿を消した後、川縁の遺跡を覆ったとみられる。二十四日には同じ層から加工痕のある木も見つかり、時代や用途の解明が待たれる。

 ヨシとみられる植物層は地表面から約三メートル掘り下げた面から出土した。約千年前の平安時代にたい積した火山灰層(苫小牧火山灰)から、さらに四十センチほど深い部分にあり、少なくとも千年以上前から縄文晩期(約二千三百年前)の間に繁茂したと考えられる。真っ黒な泥炭の中に白い茎が折り重なっている様子は、閉じ込められた時空の中を今もヨシが漂っているような幻想を誘う。この層からは加工痕のある長さ一・五メートル、直径五センチほどの木も見つかった。その下にもう一本、交差するような状態で木が埋まっている。

 発掘区域の南東端を約一・五メートル四方に約一メートル掘り下げた部分では、この植物層の下部からバケツ五、六杯分の縄文晩期後半の土器片が出土し、ほぼ完全な形をとどめているつぼも見つかった。

 これまでに縄文晩期中ごろの土器や土偶が出土していた。しかし今年四月からの調査で、これまでの出土品は平安時代以降に洪水などの際、上流部から運ばれてたい積したらしいことが判明している。

※写真は是川中居遺跡の長田沢地区から出土したヨシと見られる植物層


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