| 2005年11月4日(金) |
ことらです。眼鏡を新調してから約1カ月がたちました。先日社内での健康診断があったのですが、新しい眼鏡着用での視力は右が1.2、左が1.5とのことでした。非常に軽いため、疲れたり肩が凝ったりといった症状もかなり軽減され、快適そのものです。ただ、その快適さのためか、ここのところ眼鏡をかけたままで過ごす時間が増えています。以前の眼鏡ではどうしても疲れるためしょっちゅうかけたり外したりしていたのですが、現在の眼鏡はそんなこともなく、ほぼ着けっぱなしでも気にならないのです。つい数年前までは左右とも裸眼視力1.5以上で暮らしていた人間としては、眼鏡に頼り切った生活に慣れてしまうことに少々抵抗感があるのですが、普段の生活パターンからしても眼鏡定着を免れることはできなさそうです。 ところで先日、ちょっぴり気になる記事がありました。「ゴニンカン携帯ゲーム機に登場」という記事で、津軽地方で遊ばれているトランプゲームが、人気の携帯ゲーム機のソフトに収録されたそうです。私個人は「ゴニンカン」というゲームの存在は知っていましたが、具体的にはどんなものなのかさっぱり。今回発売されたのはたまたま自分でも所持しているゲーム機のソフトだったので、ちょっと興味がわいてきました。いまのところ購入までするかどうか未定ですが、もしも遊び始めたとすればますます視力が下がっていくことでしょう…。やっぱり、買わない方が身のためかもしれません。(2005.11.4 ことら) 先日、出張で岩手県の盛岡市と花巻市に行って来ました。会合が終わった後は、文学者・宮沢賢治の古里として知られる花巻市内の視察もありました。山の中腹にある宮沢賢治記念館や、賢治が晩年に農業の指導を行った施設で、現在は花巻農業高校に移築されている「羅須地人協会」、彫刻家で詩人の高村光太郎が、戦争末期に東京から疎開した後、独り暮らしを送った小屋「高村山荘」と高村記念館(十和田湖・休屋にある乙女の像の原型も展示)などを見せてもらいました。 さて、日程の締めは盛岡市に戻り、総勢9人で名物「わんこそば」をいただきました。私は何度も盛岡を訪れているのですが、これまでわんこそばにトライしたことはなかったのです。何杯食べられるかを競う、わんこそば大会のイメージが強烈すぎて、考えただけでお腹いっぱいになり、敬遠してきたのです。ところが実祭に挑戦してみると、これが実に面白い。さあ、わんこそばスタートとなると、給仕のおねえさんが漆器のおわんに、一口サイズのかけそばを次々と投げ込みます。つるりと食べると、おわんにポン。つるり…ポン。余ったつゆは別の大きな器にポイ。そしてまた、ポン…つるり。おねえさんの「さあ来た」「ほら、じゃんじゃん」の掛け声につられて、じゃんじゃんお代わり−というわけです。 30分ほど食したのでしょうか、私は80杯までおわんを重ねたところでギブアップしました。わんこそば8杯で普通のかけそば1杯に相当するということですから、かけそば10杯を食べた勘定です。9人の中では岩手日報社のFさんが100杯を超え、地元人の貫禄を示しました。ちなみに、わんこそば大会の優勝者は10分とかの制限時間内に269杯も食べたとか。これはもう神業としか思えませんネ。また、わんこそばには、ネギ、もみじおろし、花かつおなど各種の薬味も付いていて、そばもつゆもウマイ。ゆっくり食べても十分満足できることも分かりました。食べたことのない方は、ぜひ一度挑戦を! 帰り際、久しぶりに盛岡市の中心街を散策しました。この街は、盛岡城跡の岩手公園、サケも遡上する清流・中津川、そして官公庁の建物や華やかな商店街が一体となって存在している感じで、独特の魅力がありますよね。そして麺文化の街としても全国に知られています。盛岡冷麺、南部はっと鍋、じゃじゃ麺、わんこそばを盛岡四大麺と称するとか。今度またじっくり訪れて、まだ食べたことのない盛岡じゃじゃ麺を味わいたいと思っています。(2005.11.2 ねぶた) 早いもので、今年も年賀はがき発売の季節がやってきました。「またかぁ〜」という感じですが、来年はちょっと違います。弘前では、恒例の干支ねぷたの制作が始まりましたが、来年の干支は「戌」です。そう、私“らいおん”は来年、年女なのですよ。実は、この編集部には他にも「戌」が3人います。ぞう、おうま、さる。年齢は様々で、私は“さる”と同じ24歳…と言いたいところですが、“おうま”さんと同じ。“ぞう”さんはもう一回り上。 そういえば、今日11月1日は「ワン(1)ワン(1)ワン(1)」の語呂合わせから「犬の日」だそうで、なんでも質問コーナーでも、好きな犬の種類をアンケートしています。私は柴犬が好きですね。ミニ柴とか可愛いですね。飼いたいとは思わないのですが…。 なにはともあれ、ハッスルぞうさんに倣って、来年も頑張るぞ!まだまだ、Web東奥も課題が山積みですケン。 (2005.11.1 らいおん) 「編集部のハッスル注入部隊長」こと“ぞう”です。昨夜、「ハッスル青森公演」に行って来ました。興奮いまだ覚めやらずです。“ねぶた部長”からは「ハッスルを観戦し、その熱き戦いのすべてを読者のみなさまに報告せよ!」との業務命令が出されておりましたので、今週の「編集部から」はハッスルでスタートです。 実は“ぞう”は、忘年会などの中締めの際、「ハッスル3本締め」を担当しているもので、一度は『生』ハッスルを見ておかなければならないとの使命感にかられていたところでした。 観た感想、いや参加した感想をズバリ言うと「楽しい!」の一言。「『観客に観てもらう』のではなく『観客を参加させてしまう』」「楽しんでもらうためには、なんでもしてしまう」−それがハッスル。第一試合が始まるころ、“ぞう”の頭の中には「これだ! Web東奥が次のステップに進むために必要なもの、それはこれしかない!」との思いが渦巻いていました。いゃ〜それにしても、プロレスはやっぱり『生』が熱くていいねぇ〜。 さてこの日、目の前で繰り広げられる熱い戦いを観ていたら、今までで一番熱かったライブを思い出した。それはおそらく“ぞう”が高校1、2年のころのこと、青森市のジャズ喫茶店で行われたジャズ・トランペッター、日野皓正のライブだ。『日野流ジャズ』を完成させ、ニューヨーク移住での新たな一歩を決意していた日野。そんな彼のピーク時を記録した最新作「スピーク・トゥ・ロンリネス」(1975年)を引っさげて行われたライブは、観客にとってもひたすら熱いライブとなった。なにせ演奏場所は喫茶店。どこで観ていても演奏者の熱気はビンビン伝わってくる。ましてや“ぞう”が座ったのは最前列、しかも日野の目の前であった。“ぞう”の目の前というより頭の上でトランペットを激しく吹きまくる日野、その瞬間、彼の頬と首はまさにヒキガエルのごとく、人間離れして膨れ上がる。若き“ぞう”はただただ圧倒され、身動きもできずに汗とも唾ともつかぬしぶきを浴び続けていた。『達人の域に達する』とはどんなことか、このとき理解したような気がする。 『生』だからこそ学ぶことは確かに多い。今回のハッスルから“ぞう”が学んだもの、それは「リサーチの大切さと、それを基にしたアイデアと実行力」。観客が何を求めているか、そして、それをどのように提供したら満足してもらえるのかを常に問い、時機を逃さずに実行すること。これはまさにWeb東奥にも言えることだ。ただニュースを提供しているだけで良いのか? お客様はそれで満足しているのか? そういう自問自答の意識を常に持つことの大切さをハッスルは教えてくれた。これからはハッスルの精神をWeb東奥に注入すべく励んでいかなければと、いっそう気を引き締めている“ぞう”でした。(2005.10.31 ぞう) |