2000年8月28日(月) 東奥こども新聞第3号 特集




■ 八戸港がマニラ港と姉妹提携

写真 【八戸市長者小五年・稲垣雄大】 八戸港とフィリピンのマニラ港は七月三十一日、姉妹港提携に調印した。
 マニラ港との姉妹提携は日本では初めて。またマニラ港としては、アメリカに次いで二番目の姉妹提携になる。

 この提携は、「国際シンポジウム・イン・八戸」出席のため昨年五月に八戸市をおとずれたフィリピンの大使の提案がきっかけだった。
 これをうけて八戸港側の調査団が今年の二月と五月の二度にわたってマニラ港を調査。そして七月三十一日に八戸市で調印式が行われた。

 この姉妹港提携によって港湾交流、経済交流、港湾運営のための最新情報の交換などが行われるようになる。

 八戸港とマニラ港を比かくすると、バース数(防波堤の数)は八戸七十二、マニラ八十九。貨物取扱量は八戸三千百万トン、マニラ三千六百万トン。
 コンテナ取扱量は八戸二万TEU、マニラ二百十万TEU(TEUは、コンテナの単位。一TEUはコンテナ一つ)−とマニラ港が上回っている。

 八戸市港湾振興対策室の石亀主任主査は「マニラ港と姉妹港提携をすることで、八戸港がさらに発展するだろう」と期待をしている。

※写真はマニラ港との姉妹港提携調印式に出席した中里八戸市長(右端)と木村知事(右からニ人目)



■ 三沢・鈴木市長がまちづくりの抱負

写真 【三沢市木崎野小六年・大野恵子】 三沢市がこれから、どのように変化していくのか、またどんな町になるのか、三沢市のまちづくりについて鈴木重令三沢市長に聞いた。

 −三沢市をどんな町にしたいですか

 「まず、きれいな町にしたい。そして活気があり若者がいっぱいいる町にしたい。若者に、いっぱい働き活やくしてもらいたい。でも若者といっても、急には集まって来ない。そこで、八戸市や十和田市などに大学があるように、三沢市にも設備がととのった大学をつくりたい、と思っている。大学をつくれば若者が集まってくる。あせらず、ゆっくり進めていきたい」

 −今、ほとんどの人が八戸で買い物をしています。三沢商店街に人が集まる工夫をすべきだと思います

 「まったくそのとおり。今考えているのが、アメリカ村をつくること。そのため毎日、商店街のみなさんにおねがいをしてまわっています。車社会なので、駐車場の確保に努力したい」

 −市長さんが今、一番力を入れていることはなんですか

 「三沢市は基地の町といわている。だから、米軍や自衛隊の飛行機の音に対する問題がある。しかし、国を守るためには、やむをえない面もある。そこで、問題をなるべく少なくするため、困っている地域の人たちの家を、なるべく町に近い所に移転できるよう、今、力を入れているところだ」

※写真は大野記者(中)の取材を受ける鈴木三沢市長(右)



■ 青森など4市が尾道で交流事業

写真 【青森市幸畑小六年・三浦雄大】 青森市、大津市、尾道市、奈良市の四市が平成十年、市せい百周年を同時に迎えたことを記念して昨年から「四市交流事業」が始まった。今年の事業にぼくも参加、友だちをたくさんつくり、交流を深めてきた。交流をほうこくする。

 この事業は昨年は奈良市で、そして今年は尾道市で八月八日から十日までの日程で行われた。八日午前九時ごろ、青森市役所で結団式。飛行機で広島空港にむかった。尾道市の総合ふくしセンターでかんげい式が行われた。

 まず、地元の土堂小学校のこどもたちが「土堂だいこ」を見せてくれた。このあと尾道市長などのあいさつがあり、いよいよ交流が始まった。

 初日は、千光寺山の千光寺公園に行き、寺や三重とうなどを見た。近くにある「招きねこびじゅつかん」には、約千びきの招きねこがあり、日本テレビの「ズームイン朝」で紹介されたこともあるという。このあとロープウエーに乗った。夜は、ちかくの体育かんで帆布(昔の帆船の帆に使われていた布)を使って、小物入れなどを作った。

 二日目はまず、駅前から中央桟橋までの海岸沿いの道のごみを拾った。続いて船に乗って加島に行き、マリンジェットや海上カヌーなどをする海洋教室を体験した。

 夜は広島県立ふれあいの里青年の家でキャンプファイヤー。各県の良いところなどを発表し合い、青森市は、ねぶたばやしをひろうした。

 三日目は世界一の斜張橋・多々羅大橋(全長約一四八○メートル)を渡った。とても暑く、歩いて渡るのはとてもつかれたが、いい思い出になった。そして最後に共同福祉施設でお別れ会が行われた。

 この四市交流事業で、他県の友だちを多くつくった。これからも、もっと交流をふかめていきたい、と考えている。

※写真は多々羅大橋ウオーキングに向かう交流事業の参加者たち



■ 青森市民図書館の駅前移転

写真 【青森市幸畑小六年・工藤綾乃】 青森市松原にある市民図書館が、青森駅前に移ることになった。その理由や、図書館の人はどう思っているか、などについて同図書館の齋藤さんと対馬さんに話しを聞いてみた。

 図書館が駅前に移る理由については、(1)これからの図書館は、コンピューターを活用し、本の貸し出し・返却、検索、情報交換をしやすくしなければならない(2)現在の図書館は建物が古く、雨もりでろう電する可能性がある(3)現在は開架冊数が十一万冊で少ないため、もっと多くする必要がある(4)現図書館に行きにくい人たちのために交通の便利な駅前にした−ということだった。

 新しい図書館ができることについて対馬さんは「若者や中、高校生向けのサービスがふえると思うから、今まで以上にがんばりたい。貸し出し冊数など、今までより良いサービスができるようにみんなで話し合っているところです」と、はりきっている。

 また、現在の図書館がなくなることについては「さびしい気持ちはありますが、長くはたらいていましたから…」。図書館で働いて良かったことについては「本探しをたのまれて見つけたとき『ありがとう』とお礼を言われたとき、この仕事をやって良かったと思う」。そして「図書館を知らない人もどんどんおとずれ、利用してください」と話してくれた。

※写真はあと2カ月しか見られない青森市民図書館の入り口



■ 飛行機の秘密を青森空港で取材

写真 【五所川原市藻川小六年・加藤美里】 青森空港を離発着する飛行機のさまざまなことを知りたくて、同空港を取材した。

 まず、飛行機の燃料はZA1を使っていて、つばさに入れる。入れるときは、直径十五−二十センチの黒く太いホースを使う。飛行機にホースがぶつからないよう気をつけている、という。燃料は一分間に千ポンド(約四百五十四キロ)ずつ入る。ドラム缶では三十缶分の燃料が入る。この燃料で青森空港から羽田空港まで飛ぶ。

 飛行機の重さは、一番大きいもので二百三十トンあるという。
 青森空港の利用者は、一年間で約百四十五万人。けっこう多い。
 飛行機をそうじゅうしている人は二人。スチュワーデスは、お客さん五十人に一人の割合で乗っている。大きい飛行機で八人、小さいもので三人乗っているという。
 青森空港の滑走路ははば六十メートル、長さ二千五百メートルある。そして飛行機は時速八百キロで飛ぶ。

※写真は青森空港で給油を受ける飛行機



■ 道路ができるまで多くの人が支えています

【稲垣村豊川小五年・藤田崇志】 八月十日は「道の日」。そこで、五所川原土木事務所と稲垣村役場をたずね、道路について話を聞いてみた。

 道路が出来るまで、次のようになっている。まず現地そくりょうをして、道路をどのようにつくるのかという道路計画を立てる。次に設計し、道路がどのくらいのお金でできるのかを計算し、入札で業者を選ぶ。入札とは、何社かの業者が、どのくらいのお金で道路ができるのかを紙に書いて箱に入れ、その中から一番安く工事ができる業者を選ぶもの。その業者が道路をつくる。

 道路の表面は七−十二センチのアスファルトだが、その下は石をくだいたもの(さい石)が十−十五センチ、さらにその下には別のさい石が三十−五十センチ、その下が土だ。
 道路は、多くの人たちによってつくられている。




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