2011年1月28日(金) 東奥日報  

東奥こども新聞 動画付き記事

■ 800人分もある 赤ちゃんの墓/三内丸山見学しおどろき

この動画はFLASHを使用しています
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 青森空港から約30分で、三内丸山遺跡に着きました。東京ドーム七つ分もの広さがある、日本最大級の縄文遺跡です。縄文人と同じ貫頭衣(かんとうい)を着て、遺跡をめぐりました。

 この遺跡の縄文人は、現代人と同じようにごみを分別していたようです。動物や魚の骨、植物の種など食べ物のごみと、土器や石器などは別の場所に捨てていました。  ひときわ目をひくのが、高さ14・7メートルの大型掘立柱建物。柱穴は直径も深さも約2メートルあります。建物に使われたのはケヤキやブナではなく、クリの木でした。クリの柱にはこげた跡がありました。縄文人は、堅いクリの木の表面を焼くと、さらに長持ちすることを知っていたらしいです。竪穴住居の中は、けむりのにおいがしました。

 私がとてもおどろいたのは、お墓の数です。まわりを石で囲んだえらい人のお墓が22人分、それ以外の大人のお墓が250人分あります。生まれてすぐに亡くなった赤ちゃんは土器に入れて埋められたといいます。そのお墓は800人分もあるそうです。赤ちゃんが育つことは、大変なことだったんだろうな。

 遺跡に来るまでは、縄文時代は洋服もない遅れた時代だと思っていましたが、実際は人々が協力し合って、すごく進んだ生活を送っていたんだなと、イメージが変わりました。

  (吉田陽香記者、1月4日付西日本新聞から転載)








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