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| 大海原を行くみちのく丸の艫(とも)で、談笑する船員=滋賀県沖の日本海 |
北前船を復元した木造帆船「みちのく丸」は、青森港を13日に出港し、かつて寄港地だった日本海沿岸をたどる旅を続ける。本州の最初の寄港地が美保関港。時代を超え、大海原を行く帆船に触れてみたいと、山陰に向かうみちのく丸に乗り込んだ。
(松江中海圏情報部・熊谷美咲)
28日午前11時半、福井県坂井市の福井港に浮かぶみちのく丸に、タグボートで近づいた。天空を突くように伸びる高さ28メートルの帆柱に圧倒される。
船長の木村透さんは青森の銀行マン。5人の乗組員は、船員だけでなく、青森市役所の職員も。航海を始めて半月近く、真っ黒に日焼けした姿は、すっかり「海の男」という印象だ。
船内は、食べる、寝る、物を置くスペースに大きく分かれ、木造だけに家の中にいる感覚。ただ違うのは、慣れない船の揺れ。乗船して間もなく、早くも船酔い気味になり、甲板に上がり、潮風に当たった。
青い海と空のフレームの中で、緑の山並みがゆっくりと動く。単調な風景から陸地が消えると、不安になる一方で「見えない所に人は行きたくなるのかもしれない」と遠く江戸時代の航海に思いをはせた。
乗船する前日の27日、小樽から福井に向かうみちのく丸を、大雨が襲ったという。久しぶりに体を洗うことができたものの、船内は雨漏りに悩まされ、洋上作業のリーダー役を務める船員の伊藤洋一さん(56)は「現代の船舶と違い、風呂もなく洋上生活は想像以上に過酷。昔の人はどうやって過ごしていたのかと思う」と先人の苦労を思いやった。
水平線を赤く染めた太陽が沈み、暗闇にいさり火が瞬く。夕涼みの甲板で、木村さんが、みちのく丸への思いを語ってくれた。
みちのく丸は、岩手県大船渡市の船大工たちによって2005年、約1年がかりで建造された。帆柱は、棟りょうの新沼留之進さんが厳選した樹齢約200年の一本杉が使われ、日本海の航行は建造にかかわった船大工16人の願いでもあった。
大船渡市は、航行を前に、東日本大震災に襲われ、甚大な被害を受けた。「岩手の人が造った船が、日本海を走ることで被災地に元気を与えたい」。穏やかな口調に、力を込めた。今回の寄港事業は、東日本復興支援も目的に、10道県14港を巡る。
29日、東の空が明るくなり、雲がかかった大山を映し出した。秀峰の姿は、船頭にとって、とてつもなく大きな目印だったことを実感する。
美保関に近づくと、船に乗った地元の人たちがホーライエッチャを踊り、迎えてくれた。
「すごい歓迎だ」と木村さんが驚き、そして乗組員たちに笑顔が広がった。福井港を出港して22時間。船酔いはすっかり治まったと思っていたが、岸壁で聞くホーライエッチャが、耳の中で揺れていた。
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