てくてく散歩

   第6回 三沢駅前−中央商店街周辺
   異国の雰囲気感じる街
    砂鉄、無着陸横断に関連

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この連載は2011年6月〜12月に東奥日報夕刊に掲載されました。
 今年、ミス・ビードル号の太平洋無着陸横断飛行80周年を迎えた三沢市。「大空のまち」を掲げるとともに、日米の航空部隊が常駐する「基地の街」としても有名だ。街中を歩くと、外国人の姿を見かけることもしばしば。同市の歴史を学ぶ野々宮文知さん(36)に、異国の雰囲気を感じる街を案内してもらった。

                   


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街中にある引き込み線の線路跡。「採掘された砂鉄の運搬にも使われた」と話す野々宮さん」と話す田中さん 
 
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当時の写真を前に、思い出を語る月館さん 
 
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 出発地点は十和田観光電鉄(十鉄)三沢駅のそばコーナー、通称・駅そばだ。店自慢のスペシャルそばをすすりながら、野々宮さんが、青い森鉄道の駅が隣接する同駅の歴史を教えてくれた。

 「今年は古間木−三本木間が電化して60年、古間木駅から三沢駅に名称が変わって50年の記念すべき年なんです」。残念ながら十鉄の廃線が決まったが、駅そばは廃線後も営業を続けるという。

 次に向かったのは高台にある薬師神社。古間木地区を一望しながら、野々宮さんが「駅の開業で、10戸ほどの寒村だった古間木が発展した。人の流れ、物の流れができ、それまで農業と漁業しかなかった三沢に、商業が生まれるきっかけになった」と説明した。

 古間木川沿いを歩き、到着したのが米軍基地へ続く「引き込み線」の線路跡だ。2006年の廃線以前は同基地までの燃料運搬に利用されていたが「もともと、淋代海岸近くの五川目まで延びていて、そこで採掘した砂鉄の運搬に使っていた」と、野々宮さんは話す。

 実は、砂鉄採掘は三沢の地名や、同海岸を飛び立ったミス・ビードル号の太平洋無着陸横断にも関連が深い。「地名については諸説あるが、製鉄にかかわる職業を『ミサワ』と呼んだことから、とも言われている。また、豊富な砂鉄は太平洋無着陸横断飛行の挑戦の場として淋代海岸が選ばれた理由の一つ」という。

 淋代地区在住で、小学生のころ、ミス・ビードル号の出発を見届けた月館八郎さん(90)も取材に「淋代海岸は砂鉄と粘土が混じっていて、土が硬い」と話す。自宅で、当時の写真を見せてくれた月館さんは「ミス・ビードル号は、それ以前に挑戦した飛行機とは違い、すぐに高く飛び上がった」と懐かしそうに振り返った。

 野々宮さんとの街歩きは中央商店街へ。米軍基地ゲート近くのスカイプラザ前へやって来た。野々宮さんは「基地の工事が1946年に始まり、急速に街がつくられていった。周辺にはかつて映画館や劇場が七つもあったんですよ」。スカイプラザ向かいにあった「マレン劇場」には歌手・美空ひばりさんが来たこともあるという。

 同商店街近くの飲食店街は夜が更けると、米軍関係者が出歩くことも多い。野々宮さんの案内で向かったバー「FREAKS(フリークス)」。3代目のママ(27)は「うちの店はオープンして5、6年ほど。週末の夜中は米軍関係の常連客が多い。カラオケで盛り上がっています」と笑顔を見せる。

 壁や天井にはメッセージ付きのドル札が何枚も貼られていた。ママは「初代ママのころからお客さんが貼っていく。どんな意味があるかは分からないけど、『来たよ』という証しかも」。野々宮さんは「三沢は『人種のるつぼ』とも言える街」と語った。




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