| 2004年1月31日(土) |
縄文フォーラムの会場の一角には、興隆溝をはじめとした中国東北部の遺跡の出土品や、興隆溝での発掘の様子を紹介する写真パネル、三内丸山のシンボルである巨大木柱をイメージした模型など多彩な資料が展示された。考古ファンたちは、遺跡の息吹をそのまま伝える展示物の数々に感嘆していた。 「縄文のルーツを追う時の旅」と題したコーナーには、興隆溝が属する興隆窪(こうりゅうわ)文化(約八千−七千年前)の石くわや土器片など貴重な出土品がずらり。人骨を使った中国最古の装飾品や、成人男女の合葬例、祭祀(さいし)性をうかがわせるイノシシの頭骨群など、興隆溝の特徴的な出土物や遺構を写真パネルで紹介した。来場者は写真に収めるなど、一つ一つ熱心に見入っていた。 三内丸山のコーナーでは、実際に出土した土器や石器をはじめ、縄文人の暮らしぶりをたどるイラストパネルなどが展示された。また、長さ約二十メートルにもなる巨大木柱の模型や、大湯環状列石(秋田県鹿角市)の日時計型配石遺構を再現したレプリカも来場者の目を引いていた。 森田村の主婦兼平一子さん(65)は「興隆窪文化の出土品は三内丸山をはじめ県内の遺跡と共通点がある。時間と空間を超えた結びつきを感じた」と感想を話した。家族で訪れていた青森市筒井南小五年の山口正義君(11)は、巨大木柱の模型を見て「こんなに大きい木を機械を使わずに立てたなんて…。昔の人は頭が良かったんだな」と目を丸くしていた。 |