年
月
日
1953(昭和28)
11
慶応大学が調査。初めて本格的な発掘の手が入る
1992(平成4)
県埋蔵文化財調査センターが新県営野球場建設のため緊急調査開始。巨大遺跡が徐々に偉容を現す
1994(平成6)
7
15
直径80センチを超えるクリ材の木柱が出土。膨大な数の住居跡や墓跡、出土品から縄文時代最大の集落であることが分かる
7
22
女性をかたどった約32センチの板状土偶が完全な形で出土。縄文前・中期では最大
7
26
北村知事が遺跡保存を決断。建設中の野球場工事は中止し移転の意向表明
7
29
国内最古級の漆塗り木製品出土判明
8
1
県が遺跡検討委員会を設置。初会合で球場建設の即時中止を決定
8
7
遺跡の現地説明会に2日間で約8000人
9
1
縄文前期中頃(約5500年前)のヒョウタンの種子出土判明。5000年以上前としては世界最北
9
10
青森市三内中で東奥日報社主催の「三内丸山遺跡・縄文フォーラム」
9
21
谷の斜面から日本最古の柵状の木材列が出土
9
22
直径95センチの木柱出土。国内で見つかった柱では最大(後に103センチのものが出土)
10
16
6年度の現地説明会終了。見学者のべ62000余人
10
28
「遺跡を21世紀に残す会」の募金活動スタート
11
18
遺跡が大手教育図書出版社の7年度版小6用社会科資料集に初登場
11
30
縄文時代前期、国内最古級の編布(あんぎん)とみられる編み物の断片出土
12
26
土壌分析によりクリの管理栽培の可能性
1995(平成7)
2
18
国立民俗学博物館(大阪)でシンポジウム
3
9
県、野球場工事中止で4億余円の賠償金
3
18
遺跡の主な遺構復元や遺跡を通る都市計画道のルート変更などを柱とする県総合運動公園遺跡ゾーン基本構想まとまる
5
23
遺跡の保存・活用を支援する民間の応援隊発足
8
15
復元予定の大型掘っ立て柱建物に一部考古学者が異議
8
22
遺跡検討委、掘っ立て柱建物を屋根付きで復元することで決着
10
15
三内丸山縄文フェスタ開催
10
20
土壙墓(どこうぼ)列の長さ165メートルを確認。縄文時代では類例の無い規模(後に420メートルまで確認)
11
5
東京で「三内丸山ー吉野ケ里遺跡・古代シンポ」
1996(平成8)
3
18
出土したクリの実は栽培されていた可能性大−とのDNA分析報告。縄文・植物の遺伝子抽出は国内初めて
6
5
県が大型掘っ立て柱建物の設計図公表。屋根無しでの復元に
8
2
遺跡見学者が50万人突破
8
20
低湿地から縄文時代中期の舟着き場跡とみられる直径60センチの木柱が出土
10
18
国の文化財保護審、遺跡の国史跡指定を答申
10
23
大型掘っ立て柱建物のクリ巨木立ち上げ。検討委会合では復元で屋根をめぐり委員が論争。県方針に批判相次ぐ
11
5
高さ14.7メートルの大型掘っ立て柱建物が完成
1997(平成9)
3
5
国史跡に正式指定、同日付の官報に告示。対象面積は約24万3千平方メートル。県内10件目
5
15
発掘調査委が発足。自然科学と考古学を連携させ、遺跡の全体像解明を目指す
7
1
入場者が100万人を突破
10
3
八戸市で「三内丸山遺跡から是川遺跡へ〜縄文人のものづくりを考える」をテーマに縄文フォーラム
11
21
縄文人が栽培したとみられるヒエの種子が見つかっていたことが明らかに
11
30
東京で三内丸山・縄文シンポ。全国4カ所の遺跡との関連探る
1998(平成10)
5
21
約5000年前、縄文最古のムギらしいイネ科植物が「北の谷」などから3粒出土
7
20
青森市で「三内丸山から時を超えたメッセージ」をテーマに縄文フォーラム開催(−21日)
9
25
遺跡西側から環状列石の可能性が高い配石遺構出土。直径は推定5.7メートル
10
21
国際狩猟採集民会議青森シンポジウムが東奥日報社など主催で青森公立大で開幕(−25日)
11
29
東京で三内丸山シンポ。北陸学院短大の小林正史助教授「縄文土器は弥生に劣らず」
1999(平成11)
3
20
遺跡が栄えた年代は5800-4100年前であることを国立民俗学博物館の辻誠一郎助教授らが確定
6
16
遺跡見学者が200万人突破
7
23
とやま縄文フェス開幕、14都市による「縄文都市連絡協議会」発足。会長に青森市長
7
30
環状配石遺構の中から土坑墓とみられる遺構が2基出土、埋葬をめぐり「階層社会」裏付ける
8
27
新たな土坑1基発見、計4基に。隣接する三内丸山(6)遺跡では幼児の足形付き土板2個発見
9
24
弘前市で三内丸山遺跡・縄文フォーラム'99開催
10
6
ストーンサークル下部から、縄文初の「木棺墓」が出土か
10
13
環状配石の遺物は、縄文で初出土の「木張り土杭墓」だった
12
2
整備検討委が公園センター(仮称)の模型を公表
12
5
東京で三内丸山縄文シンポ'99
2000(平成12)
7
15
大島理森文相が視察し「国特別史跡の指定を前向きに検討したい」
7
21
大島文相が国特別史跡指定について「年内に諮問」を明言
8
10
佐々木正峰文化庁長官が視察
8
21
見学者が250万人突破
8
27
県総合運動公園遺跡ゾーンの愛称を発表。「縄文の丘『三内もほろばパーク』」に
9
13
北側斜面から出土していた5500年前の原始的なムギ(1粒)はイネ科の雑草の一種であるカラスムギの可能性が高いことが判明
9
15
月下の「縄文夜学」に70人参加
9
25
県教委が文化庁へ国特別史跡指定を申請
10
10
西盛り土の外側に20メートルの新たな土坑墓列
10
24
遺跡北西部で直径50センチの木柱を取り上げ。年輪を測定し、正確な「縄文暦」作成の資料に
11
17
国特別史跡に指定。縄文遺跡としては44年ぶり
11
27
青森市で三内丸山縄文フォーラム2000
11
28
青森市で国特別史跡指定を祝う会。関係者300人が参加
12
18
三内丸山発掘調査チームが司馬遼太郎賞を受賞
2001(平成13)
1
2
三内丸山の世界遺産登録めざす
3
15
三内丸山クリ木柱4800年前に伐採
3
15
三内丸山でシャコ、イカが出土
5
26
縄文人の食生活は植物に依存か
9
27
三内丸山竪穴住居放火の男逮捕
11
9
16日、「三内丸山遺跡・縄文フォーラム2001」開催
11
20
三内丸山マスコットキャラクター決定
2002(平成14)
1
29
三内丸山公園センターの名称、縄文時遊館に
3
8
三内丸山マスコットは「さんまる」
3
17
三内丸山びとは蒸留で酒造り?
6
14
11基目の環状配石墓、南北の「墓の道」東側から出土
7
26
三内丸山遺跡来場者が300万人に
9
13
三内丸山遺跡で環状配石墓に損傷
9
13
連絡ミスで“国宝”に傷
10
17
平山郁夫さん三内丸山でスケッチ
10
29
三内丸山で環状配石墓新たに6基
11
18
三内丸山の損傷部分、復元は困難
11
22
青森で「縄文フォーラム2002」
11
30
三内丸山「縄文時遊館」オープン
12
15
青森でシンポ、巨木文化の奥深さ再認識
12
17
青森・近野遺跡の水さらし場を保存
12
28
世界最古の漆製品焼失で本県研究者にも衝撃
2003(平成15)
1
6
「三内丸山」軸に世界遺産目指す
1
19
新幹線沿線縄文遺跡めぐりシンポ
4
18
「縄文時遊館」国重文常設できず
6
三内丸山に客足戻る時遊館が一役
9
3
三内丸山 本年度の発掘調査報告
9
6
4道県が「北の縄文回廊」構築へ
9
30
三内丸山遺跡損傷で請負業者が県に賠償
10
11
日中共同研究成果示すフォーラム
10
11
3年間の成果凝縮/日中共同研究北京フォーラム
10
25
三内丸山から新たな「縄文ムギ」
11
独で開催の日本考古学展に三内丸山、是川などの出土品出展へ
12
18
三内丸山遺跡来年11月にも有料化
12
18
入場料徴収構想 背景に県の厳しい財政
2004(平成16)
1
27
三内丸山遺跡有料化めぐり懇話会
1
30
パネリスト7人 研究継続の必要性を再確認
1
30
多彩な模型や出土品展示にファン感嘆
2
ドイツで縄文シンポ/11月県教委
2
三内丸山遺跡 県が有料化構想/賛成、反対…検討懇話会で議論百出
3
26
三内丸山有料化11月開始は困難に
9
11
焼失住居跡など確認/本年度調査結果報告
11
1
三内丸山遺跡 来場者400万人突破
11
21
三内丸山遺物などベルリンで展示会
2005(平成17)
1
19
三内丸山の国重文を県立美術館に
1
21
三内丸山遺跡の有料化断念/県
1
28
青森で「縄文フォーラム2005」
6
5
縄文時遊館が入館者100万人達成
9
15
焼失住居は土屋根の可能性濃厚/県教委が調査報告
2006(平成18)
7
7
三内丸山遺跡見学者 450万人突破
7
17
青森で縄文農耕考えるフォーラム
8
27
ユネスコ事務局長が三内丸山視察
9
5
縄文遺跡群世界遺産めざす会設立
9
15
新たに木柱4本出土/三内丸山
12
1
本県「縄文遺跡群」など24件/文化庁世界文化遺産候補
2007(平成19)
1
23
県内縄文遺跡群は候補リスト外
(2007年2月15日現在)
三内丸山遺跡 INDEX